寄り道してきた道の先で
【北欧、暮らしの道具店】の記事で、
長塚のり子さんのお話を読みました。
そこに書かれていた言葉が、
最近の自分と重なって、胸に残っています。
のり子さんは草花が好き。
けれどそれは、最初から自覚していたわけではなく、
「振り返ってみたら花が好きだった」と気づいたのだそうです。
若い頃ののり子さんは、
「私はなにをするにも中途半端」と思っていたと書かれていました。
その理由のひとつには、
写真の仕事に一途に打ち込む誠志さんの姿があったのかもしれない、と。
その文章を読みながら、
私は最近の自分の朝を思い出していました。
もりやんは、毎朝4時に起きます。
アラームが鳴るとすっと起きて、散歩に出かける。
1時間ほどして帰ってきたら、
今度は英単語の勉強。
時間ごとにやることが決まっていて、
毎日、同じリズムで積み重ねている。
その姿を見ると、
「ああ、すごいな」と思います。
でも私はというと——
アラームが鳴っていることはわかっている。
もりやんが家を出ていく音も、帰ってくる音も聞こえている。
それでも、
ベッドから背中がはがれない。
うとうとしながら、
アファメーションの動画を流して、
エアコンをつけて、
自然に起き上がるのを待っています。
朝ごはんは、
もりやんと一緒に7時。
食べ終わると、
もりやんは机に戻っていく。
私は?
何をする?
何がしたい?
何も決まっていないことに、
少しだけ後ろめたさを感じていました。
もう少しちゃんとした方がいいのかな。
もっと計画的に動いた方がいいのかな。
そんなふうに思っていたときに、
のり子さんの言葉を読んだのです。
のり子さんは、東京で暮らしていた頃、
さまざまな仕事をしていました。
酒蔵メーカーの社員、
アパレルショップの立ち上げ、
彫刻家のギャラリーの運営、
骨董店のスタッフ、
最後は夫の写真業務。
誘われるままに仕事を変えてきたのは、
どれも全力投球できていない気がしていたから。
そんなとき、ご主人の誠志さんはいつも言っていたそうです。
「のり子のやってきたことは、
いつかきっとひとつにまとまるから」
当時ののり子さんは、
「そんな時がくるのかしら」と思っていたそうです。
その言葉を読んだとき、
私は自分のこれまでの仕事を思い出していました。
2016年に理学療法士になってから、
病院、訪問リハビリ、整形外科、訪問看護と、
職場を転々としてきました。
職場を変えれば、
理想の働き方ができるのではないか。
そう思って転職してきたけれど、
実際にはそうではありませんでした。
ただ、
最低限自分を保てる場所を求めて、
移動してきただけだったのかもしれません。
そのとき、
スティーブ・ジョブズの言葉を思い出していました。
Connecting the dots
点は、後になってつながる。
いつかきっと、
「あの経験があったから」と言える日が来る。
そう信じて、
私は進んできました。
でも正直なところ、
心のどこかではこう思っていました。
本当に、そんな日が来るのかな、と。
続きは後編「一本道ではなく、庭のように」へ。
整える前の前
最近、改めて気づいたことがあります。
私はピラティスの資格を持っているけれど、
私は、いわゆる「ピラティスインストラクターの生活」をしていません。
毎日ストレッチをして、
完璧な体型をキープして、
朝から晩までピラティスに浸っている——
そんなイメージからは、きっと遠いと思います。
だからこそ、ずっとコンプレックスがありました。
「私なんて、インストラクターらしくない」
「撮影で姿勢をつくっている自分は、偽物なんじゃないか」
そんな思いが胸のどこかにあって、
撮影が億劫になる日もありました。
でも最近、深く腑に落ちたことがあります。
毎日体を鍛えていなくても、
私は自分の身体のズレや違和感には、とても敏感です。
「あ、今日ちょっと右に偏ってる」
「この姿勢、腰にきそうだな」
「呼吸が浅くなってきたな」
そんな小さな変化に、ちゃんと気づくことができる。
それは特別な才能ではなく、
“100年時代を自分らしく生きたい” という願いが
私の身体感覚を育ててくれたのだと思います。
健やかな体でいたい。
好奇心を持って生きていたい。
大切な人と、穏やかな未来をつくりたい。
その思いが、
私と身体との距離を、少しずつ近づけてくれました。
私は昔から、
いつの間にか「やらなきゃ」に飲み込まれそうになってしまうことありました。
・毎日運動しよう
・ストレッチを続けよう
・筋トレ習慣をつくろう
決意するほど、続かない自分に落ち込む。
「できない=ダメな自分」と、
すぐにセルフイメージを下げてしまう。
そんなとき、ふと気づきました。
心が乱れると、部屋も散らかる。
部屋が散らかると、心も乱れる。
私の場合、内側の状態は
いつも部屋に正直に現れます。
ある日、部屋をゆっくり見渡したとき、
床に置いたままのもの。
机に積み上がった書類。
いらないのに捨てられなかった小さなものたち。
それらが、まるで「心のノイズ」のように見えました。
そこで気づいたのです。
ダイエットでも運動でも、
何かを「やる」前に、
まず必要なのは「整える前の前」なのだと。
私に必要だったのは、「余白」でした。
余白。
スペース。
静けさ。
部屋に余白をつくると、
心にも余白が生まれ、
呼吸にも余白ができていく。
不思議なことに、
部屋が軽くなると、体を動かしたくなるのです。
「やらなきゃ」のストレッチではなく、
“自然と伸びたくなる” 体の流れ。
その流れを大切にしてみたら、
「毎日ピラティスをしなきゃ」という息苦しさが
少しずつ消えていきました。
余白があると、自然と整いたくなる。
余白がないと、整えることすら重荷になる。
この順番は、私にとって大切な発見でした。
私の体型はみんなが羨むような
いわゆるピラティスインストラクターの姿ではありません。
でも、今はそれを恥ずかしいとは思っていません。
なぜなら、
“乱れたことに気づける自分” が好きだから。
乱れたまま放置するときほど、心は遠くなる。
だけど、そう気づいた瞬間こそ、自分に戻る合図なんだと。
私は、その瞬間を大切にしています。
ストレッチや運動を続ける前に、
まず部屋の一角に余白をつくろう。
洗面所の小さなスペースでもいい。
椅子ひとつ分でもいい。
そこに光が入るだけでいい。
余白があると、
自然と体が呼吸し始め、
自然と心が穏やかになり、
自然と自分を大切にしたくなる。
私は、私を理解しました。
綺麗なピラティスインストラクターでいたいんじゃない、
私は「整っていたい」のだと。
そして、
整えるとは、努力ではなく、
“戻ること”。
だから、ダメな自分でもいいんです。
調子がいい時も悪い時も、気持ちが前向きな時も落ち込んでしまう時も、
そうやって揺らぐことは自然なのだから。
日々の揺らぎを寛容できる自分が私の求める姿なのです。
世間的な完璧なインストラクター像に憧れながら、
そこに届かない自分にコンプレックスを抱いていた頃もありました。
でも今は、
“暮らしの中で整えながら生きている”
そんな自分が、とても好きです。
2025年12月14日
「自由と余裕」から始まる、私の流れ
昨日の夜。
特に目的もないまま、スマホを開いては情報を追いかけていました。
焦りや不安がある時ほど、
「何かしなきゃ」と動いてしまう癖が、私にはあります。
でも昨日は、その途中でふと気づきました。
「あ、これは私の“追われているモード”だ」と。
そう思えた瞬間、
呼吸がすこし深くなりました。
そのまま、静かに眠りました。
そして朝。
PCを開いて昨日の続きをするよりも、
まずは「自由と余裕」を感じる選択をしてみました。
私のステートメントの中心には、
「自由と余裕が私の源」という言葉があります。
自由と余裕があるから、
私は素直になれる。
素直さが戻ると、好奇心が生まれる。
そして、人や世界に自然と興味が湧いてくる。
さらに、その流れの延長に
私が目指したい“平和の輪”があるのだと思っています。
今朝、その順番を
もう一度、体で思い出しました。
焦りから動くと、すべてが重くなる。
自由と余裕から動くと、自然にできる。
そんな当たり前のことを、
自分の生活のなかで何度も確かめながら、
少しずつ深めていきたい。
2025年11月30日
自信という土台
最近、私は「本を書いて暮らしてみたい」と思うようになった。
突然ひらめいたというより、振り返ってみれば、
ずっと前から心のどこかで「いいなぁ」と思っていたものだった。
暮らしながら言葉を書いていく人。
そういう生き方に、私は昔から憧れていたのだと思う。
(「お家で自分のペースで」っていうところが一番かも笑)
そのことを話していたとき、もりやんがふと、
「僕も、自分のやりたいことを見つけようかな」と言った。
私たちは少し前に、それぞれ「自分が大切にしたい言葉」を挙げてみたことがある。
私の場合は、そこから価値観のピラミッドのようなものが見えてきた。
自由や余裕があって、
だからこそ素直でいられて、
そこから好奇心が生まれて、
最終的に平和に生きていく。
そんな順番だった。
一方、もりやんは言葉を十個ほど挙げていた。
素直
誠実
謙虚
忍耐
倹約
規律
自信
情熱
あと二つはその時思い出せなかったけれど、
後から「勇気」と「研鑽」と「寛容」だったことを思い出した。
その言葉たちは、まだ順序を持たず、
どこか宙に浮いているようにも見えた。
でも私は、なんとなく思った。
もりやんの土台には、
きっと「自信」が来るのではないか、と。
もりやんは、自分では自信がないと言うことが多い。
過去のいろいろな出来事もあって、
そう思うようになったのかもしれない。
でも私は、そうは思わない。
だって、素直で、
誠実で、
謙虚で、
研鑽を続けて、
寛容でいられる人が、
本当に自信のない人のはずがないと思うからだ。
そういう「在り方」は、
実はとても強い土台の上にしか成り立たないと思う。
この話をもりやんにしたとき、
彼は少し考えてから、こう言った。
「じゃあ、自信をつければいいんだね」
でも私は、その言葉に少し違和感を感じた。
自信って、
後から「つけるもの」なのだろうか。
むしろ私は、こう思っている。
自信は、もともとあるものなのだと思う。
ただ、人生のいろいろな出来事の中で揺れる。
不安になったり、迷ったり、
自分を疑ってしまうこともある。
でも、そのたびに戻る。
揺らいだら戻る。
揺らいだら戻る。
それを繰り返しながら、
自分の中にある土台を整え頑丈にしていく。
それは、体を整えることと
どこか似ている気がする。
姿勢も、呼吸も、
完璧な状態をずっと保つことはできない。
崩れることはある。
疲れることもある。
でも、戻る場所を知っていれば、
また整え直すことができる。
自信も、きっと同じなのだと思う。
私は、もりやんが
情熱と勇気を持っていろいろなことを成し遂げていく人だと思っている。
自分からひけらかすことはないけれど、
人望があって、
静かに信頼を集めていくような、そんな人だと思う。
そして、自分が得たものを
また誰かに優しく還元していく人だ。
そんな優しいリーダーのような彼の姿が、
私にはなんとなく想像できる。
もちろん、これは未来の話で、
今すぐ何かを決める必要はない。
でも私は思う。
やりたいことは、
ある日突然、空から降ってくるものではないのかもしれない。
「いいなぁ」と思うこと。
「好きだな」と感じること。
「ちょっとやってみたい」と思うこと。
そういう小さな気持ちは、
ずっと前から自分の中にある。
それに、ある日ふと
気づくだけなのだと思う。
だからきっと、
もりやんの中にも、もうあるのだと思う。
ただ、まだ
静かにそこに置かれているだけで。
2026年11月20日
私を生きるということ
どんな自分でいたいのか。
自分の人生を生きるというのは、思っているより難しい。
気づけば、簡単に周囲に流されてしまう。
自分の意思で選んでいるつもりでも、
いつの間にか「誰かになろう」としていただけだったりする。
あるいは、
周りに認められようとして、必死になっているだけだったり。
私は小さい頃から、
何か芯の通った人に、よく惹かれていた。
その人の中にある「その人らしさ」のような、
静かなエネルギーを感じる人。
そんな人を見つけては、憧れていた。
でも今思うと、
それはただの憧れではなかったのかもしれない。
私が「私を生きよう」とする原動力。
そして、私の源のようなもの。
そんな気がしている。
2026年11月
暮らしながら、生きるということ
暮らしながら生きている人は、たくさんいます。
小さい頃から大好きなさくらももこさんはもちろん、
料理家で本や絵本も書いている高山なおみさん、多彩な趣味を持つ女優の杏さんなど、
その人の生涯を追うのがとても楽しくなる、そんな人たちに私はいつも憧れてきました。
最初は、
「あの人になりたい」と、
憧れている誰かに自分を寄せようとしていた気がします。
でも、あるとき思いました。
私は、これまで生きてきた道の上に、ちゃんと立っている。
迷ったことも、遠回りしたことも、
選びきれなかった時間も含めて、
そのすべてが、今の私をつくっているのだと。
暮らしながらことばを綴り、
いつか本を書いたり、取材を受けたり、
憧れている人たちのような働き方・生き方をしたい。
その気持ちは、今も変わりません。
でも、そこへ行くまでの経路は、
誰かの足跡をなぞって辿り着くものではなく、
私だけのものなのだと思うようになりました。
じゃあ、私にあるものは何だろう。
そう考えたとき、
どうしても戻ってくるのが、体のことでした。
私は理学療法士として、
体と向き合い、体と対話する時間を長く過ごしてきました。
まっすぐその道を進んできたと思っていたけれど、
「本当に理学療法士になりたかったのだろうか」
そう気づいてしまった日から、
私は否応なく、自分自身と向き合うことになりました。
働くとは何か。
私はどんな人間で、どう生きたいのか。
会社という組織に所属することの苦悩。
独立するために学んだピラティス。
そして、
理学療法士としても、
ピラティスインストラクターとしても、
それだけでは生きたいわけではない。
そんな気づき。
その問いの先に、
今、少しだけ見えてきた
「こう生きたい」という感覚があります。
私は無意識に、
人の体(自分自身も含めて)を観察し、
動きを分析してしまいます。
それはもう、癖のようなものです。
だからこそ、
理学療法も、ピラティスも、
そこで得た知識や経験は、
確実に私の血となり、肉となっている。
今は、はっきりそう言えます。
後悔はありません。
むしろ、あの道を通ってきてよかったと思っています。
ただ、
理学療法も、ピラティスも、
私の「すべて」ではありません。
それらは、
私が私をまっとうして生きるために必要だった、
大切な一部なのだと思っています。
私は、まっとうしたい。
この体と一緒に、生ききりたい。
この体は、私の大切な相棒です。
100年時代を生きる中で、
どう使い、どう労わり、どう対話していくか。
体からのフィードバックを感じ、受け取ることは、
「私を生きる」ために欠かせないことだと感じています。
その点で、
理学療法とピラティスの視点を持っていることは、
今の私にとって、大きな強みです。
私はいつも、自分と対話しています。
それは、胸の奥に
小さな私が住んでいるような感覚です。
胸の扉の向こうにいる、
とても小さくて、繊細な私。
この子は、私の原動力です。
でも、とても単純で、壊れやすい。
だから、
環境を整え、栄養を与え、
メンテナンスを怠らないようにしてあげなきゃいけない。
できない日ももちろんあるけどね。
この日記も、
体と、暮らしと、心を整えながら、
私が私を生きるための
ひとつの対話のかたちなのだと思います。
2025年11月