2月28日 土曜日
昨日は家にまっすぐ帰らず、
イトーヨーカドーのフードコートで、動画編集の続きを少しやった。
電車を降りる頃には、
自分の目にぐっと力が入っているのがわかった。
もう、他人のことで悩むのはやめよう。
私は、私の生きたい人生がある。
その人生に、まっすぐ向き合おう。
でも、意思だけではきっと難しい。
だからこそ、行動がもっと大事だ、と思った。
家に帰るとほっと落ち着くけれど、
「今日も辛かったんだよ〜」と甘えて過ごしてしまう日もあった気がする。
でも、昨日からそれを断ち切ろうと思った。
もう、やるだけだ。
少しでもいいんだ。
やることをやって、
やることをやったと満足して、
大好きな家に帰ろう。
昨日は編集作業を終えた後、図書館にも寄った。
4月からもりやんが会社勤めになるので、お弁当を作ろうと思ってレシピ本を借りてきた。
今日は、もりやんのバイトの最終日だった。
このバイトは、もりやんにとってはすごく苦手な時間だったみたいだ。
でも、そのおかげで、自分が輝ける場所や、やりがいを感じられる場所に気づけたそうだ。
だから小さなお祝いをしたいと思った。
もりやんの大好きなお寿司を買おうと思って駅前に向かって歩いていたら、
肩をポンポンとされた。
振り返ると、もりやんがいた。
思わず、ぱぁっと嬉しくなった。
「もりやん!」
「どうしてどうして?」
「どうしてって、もうこの時間だからだよ」
「え、もうそんな時間?」
嬉しくて手をつないで歩き始めた。
どうせならパック寿司じゃなくて、回転寿司に行こうということになった。
やったー!(もりやんのお祝いなのに、私の方がテンションが上がっている)
帰り道でばったり会えたこと。
たまにの外食。
手をつないで帰る帰り道。
全部が嬉しかった。
今日は朝4時、
もりやんのアラームでぱっと目が覚めた。
もりやんがカーテンを開けているのを見て私もムクっと起きた。
ナポレオン・ヒルが言っていた。
「悩んでいる1分1秒が、自分の人生を失っている」と。
朝4時。
この時間は、私の芯をつくる時間だ。
これからも、
打ちのめされそうになったり、
あぁだったら、こうだったら、とたらればをぼやくことはきっとある。
でも、私の掴みたい未来はもう見えている。
あとは、私が一歩ずつ手繰り寄せていくだけだろう。
悩み立ち止まるのか、
目の前の小さなタスクを選ぶのか。
「今」という時間をどう使うかは、私次第だ。
今日はリフレッシュの日にした。
トマトジュースとナッツとヨーグルト。
いつもの朝食を食べたら、掃除開始した。
掃除機をかければ済みそうだけど、
私はあえて箒で隅々まで掃くのが好きだ。
掃除機では難しそうな小さな溝とか、
塵を掻き出せたときがなんとも気持ちがいい。
窓から見える桜は、ほぼ満開になってきた。
桜の木の下には、一人、二人・・・
遊具で遊ぶ子どもたち。
やっぱり桜は、人を惹きつけるなぁ。
そういえば、この桜の種類は、
グーグル先生によると「大島桜」らしい。
葉っぱと一緒に花をつけるのが特徴。
白っぽい淡いピンクと、新緑の緑。
いかにも春という色合いがいつ見ても穏やかな気持ちにさせてくれる。
「あぁ、目の前に公園があるっていいなぁ」と、しみじみ思う。
掃除が終わったら、冷凍庫の整理にも手を伸ばした。
お稲荷さんにしようと思って買っておいた油揚げがあったので、
有元さんのレシピで作ってみた。
油揚げをサークルに並べて煮る。
こういうちょっとした工夫、センスがあるなぁと思う。
単純な作業も楽しくなるし、なんだか愛らしい。
おあげさん、おいしくできました。
有元さんがよく言う、
「おいしい素材を選びましょう」という言葉。
確かに油揚げは値段も種類も割と豊富にスーパーに並んでいる。
私はいつも一番安いものを選ぶけれど、
今度は違う視点で油揚げを選んでみようかな。
原材料を見て一番シンプルなものを選ぶとか?
もっと大豆の味がして、
肉厚な油揚げで作ったら、きっともっとおいしくなると思うから。
おあげさんを煮ている間に、
米粉と片栗粉、それから賞味期限間近のオートミールを混ぜて、クッキーも作ってみた。
やっぱり薄力粉じゃなくて米粉だから、
イメージしていた食感とは少し違う。
でも、おいしい。
そして毎回思う。
お菓子作りの特権は、この香りだ。
この香りは、
怒っている人もきっと笑顔にしてしまう、優しいのにすごい香りだ。
3-line diary
- I decided to stop worrying about others and focus on my own life.
- A small celebration, house cleaning, and cooking filled the day with quiet happiness.
- The smell of cookies and the blooming cherry blossoms felt like spring in my heart. 🌸
2月27日 金曜日
覚醒した。
そんな感じだ。
弱い自分に、負けてたまるか!
誰かにどう思われるかと悩む自分より、
やることをやった、と満足できる自分の方が好きに決まってる。
3-line diary
- I felt something wake up inside me today.
- I don’t want to lose to my weaker self anymore.
- I choose to be the version of me that does what must be done. 💫
2月26日 木曜日
トイレに一度起きると、すぐ寝れる時もあるけど、この日は寝つきが悪かった。
頭がまたぐるぐるとあれやこれやと考えはじめようとしていたので、
薄目でスマホを操作してYouTubeを開く。
以前多用していた「考え事をやめて寝る」音楽を久しぶりにかけた。
かけて数秒後、もりやんの4時のアラームが鳴った。
えっ、もうそんな時間だったの?
となんだか損した気分になった。
じゃあ起きようかな、とも思ったけど、
もう少し眠っていたい気もする。
悪魔と天使がどっちの判断が良いのか熱く議論しているみたいに
寝ていても結局脳みそを使っているから休息にならない。
こういうとき、私はアファメーション用の動画を流す。
「雨の日の心理学」を聴いて気づいたのだけど、
たくさんストックしているアファメーション動画の中から何を聴くか選ぶ時、
その日の気分で、瞬時に聞きたいものを選んでいるなぁと思った。
最近はこれがブームとか、いや今日はこっちだなとか。
そんなふうに選んでいるのは、
きっと自分の心が、晴れだったり、曇りだったり、
雨だったりする違いなのかもしれない。
今日選んだのは、
ナポレオン・ヒルの言葉をまとめた動画。
完全に“晴れ”に向かっていくためのアファメーションだ。
これが聴きたいと思っているときは、
動画の途中でじっと聴いているよりも行動したい欲がウズウズと湧いてくる。
今日もその流れで、こうして日記を書いている。
「どう生きていたいか」
をまさに実践する行動力が戻ってきた感じ。
メモ帳に書き連ねてきた日記をサイトに移す作業をしていて、
ハッと気づいた。
今日は、もりやんの誕生日だ!
昨日もりやんがお弁当用のごはんを炊いて、
タッパーに詰めておいてくれたことに感謝を伝えようと思っていたけど、
忘れていたのを思い出す。
勉強中のもりやんのところに行って、
「昨日はありがとう」と言ってから、唐突にハッピーバースデーを歌う。
そして、ほぼ強制的にほっぺにたくさんチューをした。
「年の数だけ、33回チューしたよ」とお祝いしたら、
いつもの呆れ笑いで、「今日誕生日か〜。気がつかなかったよ〜」なんて言っていた。
ちょっと嬉しそうだった。(と思っている。)
もりやんは散歩から帰ってきたばかりだったから、ほっぺがひんやりしていたなぁ。
3-line diary
- I woke up early with a restless mind and listened to affirmations.
- The words helped me choose how I want to live today.
- And then I suddenly remembered—it’s Moriyan’s birthday. 🎂
2月25日 水曜日
“暮らし” ていい
そんなふうに自分に声をかけたとき、一番しっくりきた気がした。
そこにたどり着くまで、頭の中には「やらなきゃ」がたくさんあった。
本当は「やりたい」がちゃんとあるのに、仕事(バイト)のことを考えてしまう。
そうやって霧がかかったようにモヤモヤしていた頭の中が、
少しだけ晴れた気がした。
日記も、YouTubeも、
きっと「暮らしを満喫した先」にあるもの。
ゆらゆら揺れる日も、そういう暮らしをまるごと楽しんでいるから、
自然と書いておきたい言葉が出てくるし、
撮りたいと思うワクワクも湧いてくるんだと思う。
だから「やらなきゃ」は嘘なんだ。
暮らしをおろそかにして、やらなきゃに追われるのは嘘なんだ。
ゴミ出しに外へ出たのは、6時半前。
まだ少し暗くて、街灯がついている時間。
家の前の桜は、みるみる蕾が開いている。
この桜は、毎年ほかの桜よりだいぶ開花が早い。
しかもソメイヨシノと違って、
蕾と一緒に葉っぱもたくさん付いているから、
これから満開になるのか、もう葉桜になりはじめているのか、
引っ越して最初の年はどちらか見分けがつかなかった。
ゴミ出しの帰りに桜の木の真下に行って、まじまじと見てみた。
椋鳥とメジロが一足早い朝食をとっていた。
ジロジロ見られて気分を害したのか、
私が近づくと、椋鳥が警報音みたいなちょっと下品な鳴き声で騒ぎ出した。
せっかくの有意義な朝食を邪魔しちゃ悪いと思い退散した。
ここまでの出来事を日記に書いている間に、もうすぐ7時になる。
炊飯器から湯気が黙々と立ち上がって、さつまいものちょっと甘い香りもする。
炊飯器は目を離していても焦げることはないので、安心だ。
蒸したさつまいもは、今回は皮をむかず、丸ごと干し芋にするつもり。
通勤中、「雨の日の心理学」という本をオーディオブックで聴いていた。
こういう話は、やっぱり心が晴れているときに、
「雨の日」の練習として聞いておくのが大切だなと思う。
心が晴れているときの方が、
雨の日の心理状態を客観的に捉えて、向き合える気がする。
雨の日とどう向き合うかと考えるのは大事だと思ったけど、なんとなく気乗りしなかった。
途中で聴くのをやめて、光浦靖子さんの『ようやくカナダに行きまして』を聴くことにした。
こっちは「聴いたほうが良いかな」と思ったんじゃなくて、
「聴きたい」と思ってリストに入れた方のやつだ。
聴いているうちに、いつもとなんら変わらない満員電車の中で、
自分の目がみるみる覚醒して、キラキラしていくのがわかった。
そうだ、世界はもっとぶっ飛んでいる。
ここ数日、自分が悩んでいたことが、
やっぱりちっぽけの鼻くそみたいに思えてきた。
神妙な面持ちで悩んでいる自分を思い返すと、
ククク、と可笑しくなってくる。
やっぱり私はこうでなくっちゃ。
私はこういう人になりたいって思ってたんだ。
自分の暮らしや挑戦、
出会った人とのあれこれを、
そのときは本当に辛くて苦しかったことも、
振り返る頃には、どんな出来事も可笑しくて愛着が湧くような、
そんな経験として、みんなに伝えられる人になりたい。
そうだ、そういう生き方がしたいんだ!とうんうんと頷いた。
ずっと曇っていた空は、
ときどき晴れ間が見えることもあったけど、
今私の心は
春一番の風が吹いたように、一気に雲がはけて、
青空が戻ってきたみたいな気分だ。
今日は一日中、雨らしいけどね。
まさに春雨だね。
3-line diary
- Today I reminded myself that it’s okay to simply live.
- Enjoying daily life brings the words and ideas naturally.
- Even on a rainy day, my mind suddenly cleared like a blue sky.
2月24日 火曜日
お昼休憩の時間になってもカルテ作業が終わらず、15分くらいオーバーした。
せっかくの休憩時間を有意義に過ごしたいのに、
スタートダッシュが決まらず、なんだか悔しい。
とにかく、イヤホンをつけて、
おにぎりを黙々と頬張った。
食べ始めた時は、急いで食べ終えて、そのままYouTubeの編集作業をしようと思っていた。
でも最近ハマっている北欧暮らしの道具店のYouTubeラジオ
「チャポンといこう」を聴いていたら、「いや、お昼休みはちゃんと休もう」と
思い直して、今日は編集をやらないことにした。
ちょうど聴いていた回には、
ドラマ『青葉家のテーブル』でそらおを演じていた俳優さんがゲストで出ていた。
この俳優さんは、他のドラマでは嫌な役ばかり演じていて、
なんとなく「ちょっと怖い人」という印象があった。
でも、ラジオを聴いていたら、
とても穏やかで魅力的な人なんだと伝わってきて、またドラマが見たくなった。
だって、声のトーンとか、ちょっとシャイそうな喋り方とか、
青葉家のテーブルのそらお役そのものじゃん!って思ったから。
残ったお昼休みの時間で「青葉家のテーブル」を四話も見れた。(二倍速のおかげ)
「変って才能?」というタイトルも、なんだかよかった。
帰りの電車の中、
「中野に引っ越したら、30分後にはもう家にいるのかぁ」なんて考えていた。
この前、自分から「引っ越しはひとまずやめよう」と言ったばかりなのに、
また妄想している。
そこから、また考えた。
通勤のことを考えているってことは、
理想だと思って想像している未来も、結局今とそんなに変わってないんじゃない?
だったら、通勤している未来のことなんて考えるのはナンセンス、
「通勤しやすさ」で選ぶ家より、
好きな場所、好きな家に住める方がいいじゃない。
そう思って、妄想はやめた。
昨日くらいから、花粉がすごい飛んでいる。
鼻水が止まらず、目の痒みもどうしようもないからわかるのだ。
職場のある六本木の街は、
花粉や黄砂が混ざったような、
深呼吸したいとは到底思えない、ぼわっと生暖かい空気だった。
最寄り駅に着いてマスクを外すと、
やっとほっと呼吸できた気がした。
上着も脱いだ。着ていないとまだ少しひんやりする。
でも、身軽でいいなって思ったし、首元がスースーする感じも嫌じゃなかった。
3-line diary
- I chose to rest during lunch instead of rushing into work.
- A gentle radio episode made me revisit a drama and see an actor differently.
- Spring air, pollen, and small thoughts about the future followed me home.
2月23日 月曜日
今日は完全に太陽が顔を出すまで、充電するようにぐっすり眠った。
眠っているのか、起きているのか自分でもわからない夢心地の中で、考えていたこと。
最近の私は、
周りに認められようとしていたのかもしれない。
価値があると思われたくて、
どこか必死になっていたのかもしれない。
そんな段階はすでに卒業したと思っていたのに。
「こうでなきゃいけない」
「これが普通」
「これが当たり前」
それらが、いつの間にか私の中に刷り込まれていて、
まるで真っ当な自分の考えのようになっていた。
本当は、そうじゃないのに。
完璧じゃないから、私は愛おしいのに。
完璧を求める自分が、
自分を追い詰めていたんだ。
周りに認められようと
必死に動き回らなくても、
私は私で十分なんだ。
本当の私は、やっぱりそうなんだ。
それが分かったとき、ほっとした。
ほっとした感情でぱっちりと目が覚めた。
久しぶりに、窓から差し込む強烈な日の光を感じながら
布団の中でごろごろしていた。
眩しいから目を閉じているのがちょうどいい。
朝日の暖かさを感じて、じんわりと安心する。
なんで今日はこんなによく眠れたんだろう。
ぼんやり考えて、思い出した。
そうだ、
昨日は浅草から家まで歩いて帰ったんだった。
途中、かかとが疲れて
何度か休んだりしながら。
体をよく動かしたから、
疲れてよく眠れたんだ。
ふふふ、と可笑しくて一人で笑った。
最近、気持ちのことばかり考えていたけれど、
やっぱり私は単純なつくりのようだ。
動けば疲れる。
疲れればよく眠れる。
自分の単純な構造になんだか安心した。
お昼ご飯は、
冷凍していたおからの煮物を解凍して卵とじにした。
それから、
昨日作ったきんぴらごぼう、
きゅうり・もずく・カニカマの酢の物、
わさび菜のサラダ。
ドレッシングは
マヨネーズ、マスタード、練乳、黒胡椒。
これがナゲットのソースみたいで、
ちょっと癖になる味だった。
おからの煮物は一度に作りすぎて、
まだまだ残っている。
蒸したじゃがいもと混ぜて、
コロッケにして冷凍もした。
昨日、
曲げわっぱのお弁当箱が届いた。
4月から、
もりやんが会社勤めになる。
だから、
私はお弁当を作ってあげようと思って購入した。
蓋を開けると、
木の香りがふわっとする。
早くここにご飯を詰めて、
もりやんの日々の感想を聞いてみたい。
そういえば、
コロッケも、きんぴらごぼうも
きっと無意識に、
お弁当のおかずを考えて作っていたのかもしれない。
もりやんは、
「今日は確定申告の日にする!」と
朝から座りっぱなしで頑張っている。
私はこの手のことがめっぽう弱い。
本当にありがたい。
今はお昼ご飯を食べ終えて、13時過ぎ。
窓の外は、あまりにも春の陽気だ。
こういう日は外の空気を感じなければ勿体無い。
外に出るついでに、
もりやんの好きなプリンでも買ってこようと思う。
3-line diary
- I realized I don’t need to be perfect to be worthy.
- Walking, cooking, and sunlight gently reset my heart.
- Today feels simple, warm, and quietly enough.
2月22日 日曜日
昨日は、一人の時間を選んだことで、
自分自身をフル充電できた感じだった。
充電が終わったら、
途端にもりやんに会いたくなった。
でも「来てほしい」とは、
なんとなく言いにくい。
だから期待をこめて、
「亀戸にいるよ」とだけ送った。
すると、
「ユニクロに行きたいから、そっちに行こうかな」
と返事がきた。
心の中で
「やったー!」と叫んだ。
もりやんと合流して、
一緒にユニクロへ。
4月から、
もりやんはまたスーツ姿になる。
もりやんはスーツが似合う。
そのあとスーパーで買い物した。
お腹が空いて家まで持ちそうにもないのでローソンに寄り、
特大おにぎりをそれぞれ買った。
電車が来るまでの間に急いで頬張った。
この一週間は、
思いがけず疲れ果てることが多かったなぁと振り返る。
予期していたことでも、
身構えすぎて更に疲れてしまっていたようにも思う。
そんなことが積み重なって、
気づかないうちに、
相当疲弊していたのかもしれない。
そんなとき、
もりやんが毎日同じリズムで過ごしている姿を見て
つらく感じることがある。
疲れていると、
私は余裕がなくなる。
イライラしてしまう。
感情のまま嫌味を言ったり、
八つ当たりしてしまったり。
そして、そのあと
自己嫌悪になる。
だから昨日、
「一人になる」という選択をしたのは
とても良い判断だったのだと思う。
自分以外の誰かに
イライラのアンテナが立ってしまうとき。
豊かさや自由、喜びというものは
本来、自分で選べるということを
すっかり忘れてしまう。
どうにか相手に何とかしてもらおうと
執着してしまう。
でも、本当は違う。
誰かが、
自分の心を満たしてくれるわけではない。
そのことは、本当は
遺伝子レベルでは分かっているのかもしれない。
だから、
自分以外の誰かに執着すればするほど
思い通りにならないのかもしれない。
でも、
少し客観的に見られるときはこう思う。
「うまくいかない」という感覚は
「違う方向に舵を切ろう」と教えてくれているだけなのだと。
昨日の私は、
自分で舵を切ることができたと思う。
外の空気を吸う。
気ままに動く。
今いる場所から移動する。
小さな「やりたい」が出てくるまで、
ふわーんと気ままに過ごす。
昨日の出来事を通して、
「私は日々、自分の取り扱い説明書を学んでいるんだ」
という気持ちになった。
朝4時に起床してベッドに腰掛けながら
『日々日記⑦』を読んでいたら、昨日のことをどうしても書いておきたくなった。
昨日のことを書き連ね終わり、
また布団に潜ってぬくぬくと過ごした。
ひんやりした空気と、
布団のぬくぬくした暖かさ。
腕が布団から出ると寒いから
小さく丸まりながら、また本を読み始める。
読んでいると、
キッチンの方から音がする。
もりやんが何か準備している。
朝ごはんの焼き芋だ。
焼き芋メーカーの
カチカチという音が聞こえる。
朝ごはんの準備を始めたということは、
今は6時ごろかな。
そんなふうに耳を澄まして
ふとした日常を感じる瞬間がある。
なんでもないような毎日を、
「これでいいのだ」と
バカボンのパパみたいに言いたくなる。
ううん、むしろ「これがいいのだ」。
そういえば、
家の前の桜の蕾が丸く膨らんできている。
もう、
いつ咲いてもおかしくない。
今日と明日は暖かいから、
もしかしたら咲いてしまうかもしれない。
3-line diary
- Taking time alone helped me recharge and find balance again.
- Joy returns when I stop expecting others to fill my heart.
- Quiet mornings and small routines remind me: this life is enough.
2月21日 土曜日
今日は本当は撮影の日だったけれど、
明日に延期した。
朝、窓を全部開けて、
箒で畳を掃く。
部屋の中を風が通って、気持ちいい。
掃除を始める前に、ふと周りを見渡すと
洗濯物はこんもり積まれ、
キッチンの周りには物が溢れていた。
心に不純物が溜まると、
部屋も乱れ始めるというのは本当だ。
今日はこの風と一緒に、
全部デトックスしたい気分だった。
洗濯機を回して、
洗濯物を畳み、
部屋を箒で掃いて、掃除機をかけた。
シンクも洗剤で洗って、
きれいに拭き上げた。
エアコンの生暖かい空気ばかり吸っていた部屋に、
外の風が巡る。
空気が少しひんやりして、
なんだか新しくなった感じ。
気持ちよく朝のスタートを切ったけど、
日中は頭が悶々として、なかなかスイッチが入らなかった。
そういえば、今日は朝2時ごろに起きて、
なかなか眠れなかったせいかもしれない。
昼食を作ろうにも、
冷蔵庫には食材もあまりなくて、
ある食材だけで納豆チャーハンを作った。
作っているときも、
食べているときも元気だった。
でも、
もりやんが午後の作業に戻って、
「さあ私も」と思うと、
どうも調子が良くない。
こうやって気持ちよく朝のスタートを切ったけど、
日中は頭が悶々として、なかなかスイッチが入らなかった。
両肩と腕が筋肉痛だし、何をするにも億劫。
(きっと昨日、介助量が多い方の歩行介助をしたからだ。)
もりやんは、
いつも淡々とルーティンをこなしているように見える。
それが彼の自信や安心感につながっている気がする。
一方で私は、
いつも行き当たりばったり。
スケジュールを立てて、
一つずつこなしていくという
そんなやり方がどうしても苦しくなる。
調子のいい日は、
「今日はこれをやりたい!」が
はっきりしていて、直感に従うままに夢中で作業する。
でも今日は、
何をするにも億劫だった。
それでも
「何かしなきゃ」と思う。
淡々と作業するもりやんを横目に、
自分がとても怠け者に思えてしまう。
「私は疲れてるの。
今日は休もうと思うの。
だから、だらけてるわけじゃないよ。」
そんな言い訳を、
わざわざ口にしてしまう。
自分がスローペースのとき、
もりやんが淡々と前進しているのを見ると、
「私にペースを合わせてよ!」
と、勝手にイライラしてしまう。
でも、
彼のせいじゃない。
そんな自分も嫌だし、
もりやんと比べて落ち込む自分も嫌だ。
布団に入って目を閉じても、
眠れない。
だから、外に出た。
外は、「今日、外に出ないなんて損だよ」
と言われているような天気で、もりやんより徳をした気分になって、
悶々としていた気持ちがちょっと和らいだ。
もう、空気は春に移り変わり始めていた。
一人で歩くと、
少し落ち着いた。
今日は
行きたいところに行こう。
食べたいものも食べよう。
せっかく一人なんだから、
時間もお金も気にせず、
私のためだけに使おう。
まず図書館で本を返し、
高山さんの『日々日記』の続きを借りた。
近所をぷらっと歩いて、
大きなシュークリームを買って公園のベンチに座って食べた。
次はどこへ行こうかな。
なんとなく亀戸方面へいこうと思い、電車に乗った。
亀戸駅で降りた。
一人でお寿司を食べようかな。
ちょっといいカフェに入ろうかな。
いろいろ考えたけれど、
昔よく行っていた本屋へ寄ることにした。
本屋の中のタリーズでほうじ茶ラテを注文した。
いつもなら値段を気にして
一番安いアイスティーにするところだけど。
今日は、飲みたいものを頼んだ。
ほうじ茶ラテを飲みながら
『日々日記』を読んでいると、
じわじわと心身が回復していくのがわかった。
自然とパソコンにも手が伸びて、
多言語追加の作業もぐーんと集中した。
そして、あっという間に終わらせた。
私は、これ以上自己嫌悪になるような行動をしないように
無意識的に
「そっちじゃないよ。こっちだよ。」って
私自身が、
そうやって今ここに導いてくれたのかもしれない。
できたじゃん。
やることやったじゃん。
すごく自分を褒めてあげたい気持ちになった。
ああ、そうだ。
悲しいことが一つありました。
フィカスが、
元気をなくしていた。
あんなに元気で、
一番手がかからないと思っていたのに。
毎日見ていたはずなのに、
葉がちりちりになっていることに
ちっとも気づいていなかった。
もりやんと、
二人でしょんぼりした。
ネットで調べて、
ひとまず一週間様子を見ることになりました。
毎日見ている“つもり”で、
見ていなかったんだな。
早く元気になってほしい。
3-line diary
- After circling through doubts, I landed back in the present.
- A small solo day out slowly restored my energy.
- Sometimes the path forward appears when I simply listen to myself.
2月18日 水曜日
逃げたかったんだと思う。
1時間かけて通勤していることも、
正直、嫌だしさ。
でも、一件一件の訪問そのものは、
ほとんどの場合、楽しいと感じている。
利用者さんとの会話は、
私にとってインスピレーションをもらえる機会でもある。
この仕事は普通なら「ありがとう」と言われる側の仕事だが、
私はいつも「ありがとう」って言っている気がする。
だって、本当にありがとうって思うから。
ただ、医療や介護保険を通して関わる以上、
疾患や背景を含めて、
とても重たい状況を抱えている方も多い。
そして訪問という仕事は、
その人の生活空間に入っていくということ。
時には、
とても暗く、重く、
胸が締めつけられるような空気に包まれた場所もある。
別に、その人が悪いわけではない。
何か傷つくことを言われたわけでもない。
ただ、苦しそうな姿を見ると、
私はどうしても、
人の人生を勝手に抱え込んでしまう。
自分にプレッシャーをかけて、
胸が押し潰れそうになる。
自分の力不足なんじゃないか。
なんの役にも立っていない、私の存在意義はないんじゃないかと不安になる。
もりやんによく笑われることがある。
それは、ドラマやニュースを見ているとき、
「画面の向こうの人と同じ表情をしているよ」って。
私は人一倍感情移入が強いようだ。
新人の頃は、
それでも使命感を感じていた。
苦しい気持ちになる時も「何事も勉強だ」と言い聞かせて、
休日も返上して勉強会に通っていた。
そんな生活をしていると、
休みの日でも患者さんのことが頭から離れなくなる。
私の休日なのに、
休日になっていない。
頭の片隅で、
ずっと悶々としている。
最近、やっとそういう生活を卒業したと思っていたのに、
昨日は夢にまで出てきた。
でも最近、少し変わってきたのは事実だ。
「これはバイトだ」と決めてから、
家に帰ってからは引きずらない。
自分が楽しいと思える人生に、
もっと頭を使えるようになってきた。
ワクワクを感じることをだいぶ取り戻せるようになってきた。
それはきっと、
利用者さんと向き合うその瞬間に、
自分ができる最大限をやると決めたから。
そうしているんだから、
私は自分のできることをやっている。
病気は、私一人の力でどうにかできるわけじゃない。
私はちっぽけだ。
だからこそ、
できることを一生懸命やる。
それでいいじゃないか。
これは私の偏見かもしれないけれど、
医療従事者って、
人からよく見られたい、
認められたいという欲が
人一倍強い気がする。
「大変だけどやりがいのある仕事」と言われることも多い。
でも、その“やりがい”が、
誰かから感謝されることや、
称賛されることでしか得られないものだとしたら、
それはとても苦しい。
これまでの私は、
まさに他者に依存していたと思う。
だからこそ、
「自分を生きたい」
「自分の人生を生きたい」
そう強く思うようになったのかもしれない。
やりがいも、ワクワクも、
楽しいも、嬉しいも。
そして、真逆の感情も。
どちらの感情を選ぶかは、
他者ではなく、自分自身で選べるものなのだと気づき始めた。
でも、昔の私が完全に消えたわけではない。
こうして、ふっと顔を出す。
だから悩みは尽きない。
今日の一件目の訪問のとき、
実は頭の中は悶々とした思考に乗っ取られていた。
目の前の人に集中しようとする自分と、
感傷的な気持ちを引きずってしまう自分。
二つが混ざり合っていた。
そんな状況でも、
利用者さんが話してくれた巣鴨の蚤の市の話が耳に止まった。
その瞬間、
脳みそがビビビっと、
そっちへ引っ張られる感覚があった。
私は蚤の市が大好きだ。
これからたくさん行きたいと思っていた。
だから、その話はとても興味深かった。
楽しい。
ワクワクする。
その感情が、
負の感情に勝った。
きっかけは、
本当に些細なことなんだ。
だから悩みって、
大きいも小さいも、
実はないのかもしれない。
自分が「大きい」と思えば大きくなるし、
「小さい」と思えば小さくなる。
私は利用者さんとの会話の中で、
自分の“楽しい”を選んだ。
そうしたら、
みるみる元気になった。
元気なときの思考は、
こんなふうに私を受け止めてくれる。
「そんなに頭を抱えることじゃないじゃない。
あなたは自分のできることを、ちゃんとやっているじゃない。
それでいいんだよ。むしろ、それしかできないんだから。
それが誠実で、素直で、謙虚だと思うよ。」
帰りの電車で、
隅田川を眺めながら思った。
今手に持っているこのスマホを、
ポーンと手放したら、
どんなに解放的だろう。
このスマホには、
大切なデータがたくさん入っている。
でも、
本当に大切な「もの」って、
あるのかな?
この身一つあれば、
なんとかなるんじゃないかな。
本当に必要なのは、
「もの」じゃなくて、
「私がいること」なのかもしれない。
そう思ったら、
すっと肩の荷が降りた。
外の景色を、
もっと味わおうと思った。
何度見ても、
やっぱり好きな風景だった。
3-line diary (English)
- I realized I don’t have to carry everyone’s life on my shoulders.
- Choosing curiosity and joy can dissolve heavy thoughts.
- Maybe true freedom is remembering that I already have enough.
2月17日 火曜日
加湿器をつけて寝たけれど、
咳が出て眠りが浅かった。
もりやんが散歩に出かけたあと、
私はむくっと起きて、窓だけ全開にする。
そして、また布団に潜った。
夜中から雨が降っている。
今もしとしと降り続いている。
外の空気はひんやりしているのに、
しっとりしていて気持ちがいい。
布団の中で目を閉じながら、
外の空気をたっぷり吸う。
これまでなら、このままウトウトして
また眠りに落ちていたはず。
でもここ数日は、
むしろ起きたい。
外の空気をもっと吸いたい。
そんなふうに体が言っている気がする。
雨だからか、
もりやんもいつもより早く帰ってきた。
私はゴミを捨てに外へ出ることにした。
ゴミを出し終えたあと、
この湿った空気をもう少し味わいたいな、と思う。
冷たい空気が気持ちいい。
でも傘は持ってきていない。
そう考えながら、
自然と足は階段へ向かっていた。
ゆっくり。
じっくり。
一段一段、上がっていく。
少しずつ、
自分の視座が高くなっていくようなイメージ。
どんなにゆっくりでも、
最上階に着くころには息が上がっていた。
胸の鼓動がしっかり分かる。
でも、それが気持ちいい。
空気をもっとたくさん吸える感じがする。
まだ朝日が昇らない時間。
この景色を独り占めしているようで、
とても特別な気分になる。
ビルの赤いランプが、
今日はやけに強く光って見える。
なんだかナウシカのオウムみたい。
家に帰ってきて、この日記を書く。
その合間に、
昨日買った豚の脛肉をマリネした。
オリーブオイルは少し高くて、もったいない。
だから米油を使ってみた。
酒、塩、にんにく、月桂樹の葉を入れる。
こんにゃくも使いやすいように切って、
下茹でしておいた。
今日はバイトの日か。
帰ってきたら、
ネギをたっぷり入れた卯の花を作る予定。
3-line diary
- Rainy morning air woke my body more than sleep could.
- Climbing the stairs slowly felt like lifting my perspective.
- Even a quiet morning holds small, meaningful preparations for the day.
2月16日 月曜日
4時にぱちっと目が覚めた。
もりやんが起きる気配と同時に。
夜中に一度トイレで起きたっけ?
起きていない気もする。
思い出せないけれど、まぁいいや。
寝室の空気は、二人の体温と加湿器のせいか、
もわんと重たい。
朝のこの空気が、どうも苦手だ。
もう一度寝ようか迷ったけれど、
とりあえず窓を全開にして外の空気を吸う。
やっぱり外の空気はいい。
ベッドの上であぐらをかいて、
アファメーション動画を流す。
しばらくして、
「やっぱりもう少し横になりたいかも」と思い、布団に潜る。
冷たい空気を感じながら布団をかぶるのは気持ちが良かった。
いつもより深く呼吸ができる気がした。
でも、右肩の凝りがどうも気持ち悪い。
仰向けでも、横向きでも落ち着かない。
深呼吸がうまく入ると、
内側からストレッチされるような感覚はあるけれど、
気持ちよさは続かないし、もの足りない。
だんだん、この痛みとも違う違和感が、私に
「起きろ、外に行け」と言っているような気がしてきた。
そうすることにした。
まだ暗い、5時前の空。
土手のほうまで歩いた。
橋の上を電車が通ると、
川に映る影が、電車の根っこみたいに見える。
私のいる土手は真っ暗だった。
でも遠くには、赤や青や黄色のライトがぽんぽんと灯っている。
宇宙なんて想像でしかないのに、「宇宙にいる」って思った。
スカイツリーを見ながら折り返す。
「ジュピター」を再生して、周りを気にせず熱唱しながら歩いた。
灯があるから、怖くもないし寂しくもなかった。完全に一人ではない。
遠くの赤い光や、黒く聳える建物と私のこの距離がちょうどよくて、
でも、今ここで、誰にも縛られず歩いていると全身で実感していた。
ジュピターは、
いつも少し感傷的にさせてくれて、
同時に、まっすぐな気持ちにもさせてくれる。
目の奥のほうから、じんわり涙が溢れてきたけど、
人目は気にならないからそのまま泣きながら熱唱した。
朝ごはん前と午前中は、
日記を書き、サイトに転写する作業。
一月の日記を貼り付けながら、
「そんなに前じゃないのに、ずいぶん昔みたい」と思った。
そのときは苦しかったはずなのに、
今読むと、ふふふっと笑ってしまう。
日記って、そういう力があるんだな。
お昼ごはんは、
昨日のぶり大根、
にんじんしりしり(あみえび入り)、
水菜と手作りたくあん、
しそのおひたし、納豆、玄米入りごはん、ミニトマト。
もりやんは3時から免許更新。
昼ごはんのあと、一緒に出かけた。
バスや電車に乗っていると、
右肩の不快感がじんじんするのに、
歩いているときは感じない。不思議だなぁと思う。
東陽町のベローチェに向かう途中、
以前気になっていたパン屋さんに寄った。
クロワッサンと、
クロワッサン生地にマスカルポーネクリームとあんこが入った
四角い小さなパンを買った。
カフェまでの道で、二人で試食会。
これが、かなり美味しかったです!
外はサクサク、中はもちもち。
理想に近いクロワッサンだ!
そして、四角いパンが良かった。
マスカルポーネはコクがあるのに、くどくない。
ほとんどクリームじゃんと思うくらいしっかり詰まっていて、
あんこは底に少しだけ。
でも、このバランスがいいのかも。
甘さ控えめで、私好み。
もりやんは鼻にクリームをつけながら頬張っていた。
カフェでは動画の編集作業。
家よりも、カフェのほうが集中できる。
2時間ちょっとで、
かなり進んだ。
頑張ったな、と満足した。
もりやんが免許更新に行っている間、
魚と野菜が安くて美味しいスーパーで買い物も済ませる。
肉の質もよさそうで、
面白い部位もたくさん売っていた。
豚の脛肉を初めて見た。すぐにカゴに入れました。
煮込み料理に使ってみたい。
泥ネギは近所より安く、思わず手に取る。
おからは500gで98円。
明日はネギたっぷりの卯の花を作ろう。
夜ごはんは、
スーパーのパック寿司、アボカド、
昼の残りのにんじんしりしり、いちご。
3-line diary
- The cold dawn air pulled me out into the dark and set me free.
- Writing and walking helped me see how far I’ve come.
- Even discomfort can gently guide me toward life.
2月15日 日曜日
今日は撮影の日。
年が明けてから撮影はちょこちょこしていたけれど、
家で料理をするいわゆる“がっつり撮影”は久しぶりだった。
YouTubeを始めたばかりの頃は、
他のYouTuberさんを真似て「あれも必要、これも必要」と
1から100まで必死に全てカメラに収めようとしていた。
結果、ご飯が食べられるまで8時間以上かかったりする日あったりして。
途中で体力も気力も尽きて、
「もうやめよう」とどちらかが言い出し、
「ここまでやったんだからもう少し」と、どちらかが励ます。
そうやってなんとかゴールテープを切る。
そんな感じでした。
全然進んでいない気がしてイライラして、喧嘩になって、
さらに撮影時間が伸びる。なんて日もありました。
今となっては、どんな思いでも
二人で笑い合えるけど、あの時は本当に大変だったよなぁ。笑
そんな日々を経て、二人で決意したことは、「完璧は、捨てよう。」
疲れたら、カメラを止めて休憩する。
お腹が空いて集中が切れそうになったら、カメラを止めておやつを食べる。
「頑張ろうよ」と無理に奮い立たせる前に、一度立ち止まる。
実は、
“頑張らなかった日”のほうが、
気づいたら楽しく終わっていた!なんてことが何度もあった。
だから、もう「頑張ろう」はやめよう。
亀でいいんですよ。キリギリスでいいんですよ。
だって楽しくてやっていることなんだから。
私たちのペース、でね。
今日の献立は、
ぶり大根、菜の花の辛子あえ、ニラのお味噌汁。
YouTubeをやっていて良かったと思うことの一つは、
こういう“自分たちのために作る料理”を
作ってみようと背中を押してくれること。
ぶりはアラを使い、
大根は下茹でをして、
時間をかけて丁寧に。
出来上がったぶり大根は、
体にじんわり染みる味だった。
菜の花は春の訪れを感じさせてくれる。
あの食感と、ほろ苦さが好き。
もっと旬を知りたい。
もっと食べ物を探究したい。
YouTubeを始めて、
私たちを好いてくれる人たちに応援されて、
私たちの好奇心はくすぐられ続けている。
これが“好循環”というものなんだろうか、と
しみじみ考える。
もりやんがぽつりと、
「やっぱり二人で料理するのは楽しいね」
と言ってくれた。
それが、とても嬉しかった。
私も同じことを思っていたから。
続けたいと思っていたから。
もしかしたらこれから、もりやんは普通の企業勤めになって、
土日祝日しか休みがなくなって、撮影を負担に感じる日が来るかもしれない。
それでも。
この「楽しい」という気持ちを、
見失わないでいてほしい。
本当に進みたい道。
自分たちで選んだ道。
私たち二人が、
素直に「楽しい」「嬉しい」と感じる瞬間が
どんなときなのか。
忘れないでいて。
そしてそれは、
もりやんだけの話じゃない。
私たちはチームだから。
二人で選んだ道を見失わずに進むこと。
協力して、
乗り越えていくこと。
それが、私たちのやり方。
3-line diary
- We let go of perfection and simply enjoyed cooking together.
- YouTube has deepened our curiosity and gratitude.
- What matters most is protecting the joy we share.
2月14日 土曜日
頭も背中も重い朝でした。
でも同時に、
この重さは、外の空気を吸えば簡単にすっきりするとわかっていた。
明け方5時。
家の窓を全部、思いきって全開にした。
外の空気は、まだ真冬。
つーんと刺すように冷たい。
でも、火照ってだるくなった体にはちょうどいい。
ベランダに出て、
ストレッチがてら変な動きをしてみたり、
大きく深呼吸をしたり。
そうしているうちに、体も頭も冴えてきた。
さっきまでズーンと暗いことしか考えられなかった私が、
ぱちっと、いつものひょうきんな私に切り替わったのが分かった。
昨日、利用者さんが言っていた。
田舎にある築100年の家を、
利用者さんのいとこが毎日空気の入れ替えに朝行くのが日課なんだと。
「家はやっぱり空気を入れ替えなきゃダメになるからね。
私も毎朝、窓を全開にするよ。」
うーん。
人間も同じかもしれない。
家の中の空気だけを吸って閉じこもっていたら、
暗く、狭くなってしまう気がする。
今から、牛島神社へ初詣に行ってきます。
だいぶ遅くなった初詣。
混んでいないといいな。
そして今日は、撮影の日。
本格的に一日撮影するのは、
再開してから今日が初めて。
買い物をして、
ブリ大根を作る予定。
もりやんも「料理が楽しい」と言ってくれて、
二人で台所に立つのが今から楽しみ。
もしかしたら、
帰るころには疲れて
「撮影は今度にしよう〜」となるかもしれない。
でも、どっちになってもいい。
今この瞬間、
とてもワクワクしている。
それだけで、もう十分。
3-line diary
- Cold morning air cleared my heavy mind and body.
- Like a house, I need fresh air every day to stay alive inside.
- Today feels full of quiet excitement and new beginnings.
2月13日 金曜日
昨日、帰り道を歩きながら、
先日見終わった阿佐ヶ谷姉妹のドラマを思い出していた。
彼女たちは芸人としてデビューする夢を追いかけながら、
日々アルバイトを頑張っていたんだよなぁ。
バイトかぁ。
……そうか、「バイト」か!
その瞬間、ぱちっと目が開眼した!
私も「バイト」に行っているってことにしよう!
そう思ったら、なんだかズーんと沈んでいた気持ちがすっと軽くなったようだった。
正直、「仕事」に行くという言葉が、
なんとなく嫌だと感じていた。
私の中で「仕事」とは、
これから叶えていく“世界2.0”——
YouTubeや日記を書いている時間のことを指していたから。
私にとって「仕事」という言葉は、
自分のできることややりたいことをきっかけに
ワクワクや喜びがどんどん周囲に伝染していくような、そういう気持ちが込められているから。
私は少し偏屈なところがあるのだ。私にとって言葉に含まれる「ニュアンス」が大事なのだ。
だから、職場に行くことを「仕事」ととらえず、
「バイト」と言い換えることには私にとって革命だった。
3月からは週3日勤務だし。
それならもう、バイトと言うにちょうどいい。
もちろん、
バイト中、いい加減に過ごしているわけではない。
責任を放り出すわけでもない。
どうせ私は、一生懸命やってしまう。
いろんなことに敏感で、繊細で
つい他人の人生まで抱え込みそうになる性格も、きっと変わらない。
だからこそ、私には
「これはバイトなんだ」と自分に言い聞かせることが必要なんだ。
自分の足を引っ張らないために。
それは逃げるためじゃなくて、
“世界2.0を忘れるな”という合図。
絶対に叶えるぞ、と進む道を間違えないため。
私のこの些細なことを敏感にキャッチしてしまう能力は
もちろんバイト先でも大活躍することがしょっ中だ。
だけど、人一倍自分を苦しめてしまう時もある。
だからこそ、
どんな時も私が怯えずに安心できる場所、自分が伸び伸びと能力を良い方に発揮できる場所を
ちゃんと見つけてあげたいと思う。
もりやんに
「バイト行ってきます」と言ったら、笑っていた。
でも、特に何も言わなかった。
説明しなくても、分かってくれている感じがした。
今、バイトの休憩中に日記を書いています。
書きながら、
映画『パンとスープとネコ日和』の一節を思い出していた。
「悩みの種は、自分の思うようにしようとする我がままのことである」
なるほどなぁ、と思う。
3-line diary
- I decided to call my job a “part-time job,” and something clicked.
- It helps me protect my dream of World 2.0.
- By loosening my grip, I can walk my path more clearly.
2月12日 木曜日
朝、背中が重かった。頭も重い。
背中がベッドにズーンと沈み込んで、寝返りを打っても軽くならない。
単純に体が疲れているから?
職場の雰囲気や、好きじゃない会議を思い出して、さらにズーンと沈んだ。
なんだか、すごく行きたくない。
だから体が重いのかな。
この感じ、あまり良くないなぁ。
昨日の外の空気を思い出していた。
あの、ふっと閃いたような、開放感に満ちた感覚。
その空気をイメージしてみる。
すると、ふーっと少し軽くなる気がした。
外に出た方がいい。
玄関だけでもいいから。
外の空気を吸えば、この重さは消える気がしたのだ。
今日は、一段一段踏みしめるようにマンションの最上階まで登ってみた。
私は高いところからの景色が好きだ。
いつも見ているはずの街なのに、
どこか「はじめまして」みたいに新鮮で、
見るものすべてが、なんだか可愛らしく思える。
公園ではラジオ体操をしている人たちがいた。
私も遠くから、動きに合わせて参加した。
「参加してますよ〜!」と心の中で言いながら。
外に出たのは大正解で、やっぱりすっきりした。
家に帰って、窓を全部開ける。
空気を入れ替える。
おにぎりを握って、台所まわりもきれいにした。
今日は6時過ぎに起きたから、
7時の朝食まで時間はあまりないはずなのに、
時間のことは気にせず、全部やった。
今、通勤電車に乗っている。
昨日、YouTube再開1本目の動画編集が終わった。
もりやんと一緒に、YouTubeスタジオにアップロードも済ませた。
細かい設定方法をいろいろ忘れていて、
おかしくて笑ってしまった。
ああ、楽しみだ。
だから今日から、次の動画の編集を始めようかな。
動画を並べて見ていると、
なんだかいつも、ほっこりする。
見てくれている人も、こんな気持ちなのかな。
これをやろうかな、あれもやってみたいなと
動画構成という名のワクワクを妄想していると、クククっと微笑んでしまう。
「ああ、私って満たされているな」と感じる。
通勤中に聴いていた、ルイーズ・ヘイのアファメーションでこう言っていた。
「他人を許すだけじゃなくて、自分も許してあげよう」
許すというのは、
認めることでも、忘れることでもなく、
そのとき感じた「感情」を手放すこと。
先週悩んでいたあのことも、
今朝の気が重い感じも、
感情のせいだったのかもしれない。
でも今朝の私は少しそれを手放せた気がした。
嫌な感情を手放すと、ぽかっとスペースが空く。
そのスペースは、「私の好き」が入る場所。
本当は、好きだけで埋まっていたい。
でも、そうもいかないことが多い。
だから、重くなったら、また手放す。
そして、またスペースを空ける。
こういうことって、
落ち込んでいるときは、頭で分かっていてもなかなか切り替えられないものなんだよな。
だから今日みたいに、
心に少し余白ができた日に、
何度でも練習しておくのが大事なんだと思う。
怪我をしてから、病気になってから、
みんな必死でリハビリをする。
でも本当は、もっと前から。
元気なうちから、自分の体に興味を持って、
対話して、メンテナンスすることと似ている気がする。
日常にはいろんな波がある。
でもその波にポキっと折れずに、揺れてもしなやかに戻ってこられる。
そういう心身を作るには
やっぱりちょっとやそっとでは難しくて、
日々の鍛錬の積み重ねなんだと思う。
それが、本当に大切なことなんだと思う。
3-line diary
- I woke up feeling heavy, but the morning air slowly lifted me.
- By releasing my emotions, I made space for what I love.
- Resilience is something we practice while we are still well.
2月11日 水曜日
昨日は、憧れのデスクワークの一日だったからか。
目覚めたとき、
鳩尾あたりから頭のてっぺんまで筋肉が凝り固まったようで
なんだか息苦しかった。
気づくと、呼吸が止まりかけているような感覚。
胸が詰まって、少し気持ち悪い。
これは体が、有酸素運動を求めている。
朝5時過ぎ。
外はまだ真っ暗。
全身から訴えてくる不快感に圧倒されて
寒くて布団から出たくない派の私は観念しました。
素直に着替えて、玄関を開けた。
外は、雨がぱらぱら。
一瞬、引き返そうかなと思った。
でも、家の中の空気とはまったく違う。
外の空気は、なんというか流れている。ずっと動いている。
その流れは吸い込まないと勿体無い、っていう感じで
自然と深い呼吸が始まった。
冷たい。
でも、雨のおかげでしっとりともしていて、
体が喜ぶ澄んだ空気だ。
だんだん気持ちよくなってきて、
気づけば川辺まで走っていた。
周りはまだ日の出前。
大きな川の大きな橋のど真ん中に立っている。
ここは明かりが少なく静かなのに
川の向こうの街灯とか、
部屋の明かりがまばらについているマンション群が丸見えでちっとも怖くない。
わたしを中心に、ぐるっと360度見渡せる場所。
川を横断する電車の光が、真っ暗の川に映って
すっと線を描いて消えていった。
綺麗だった。
3-line diary
- My breath was trapped inside four walls.
- Rain and darkness opened my lungs again.
- Sometimes the body knows before the mind does.
2月10日 火曜日
今日は有休をとっていたので、ひとりで過ごす日。
もりやんが会社勤めになったら、
これから、こういう日が増えるかもしれない。
だからこそ、今日一日、
憧れの「家で仕事」をしっかり満喫しようと思った。
午前中は、動画の字幕作業。
日本語字幕を、集中して一気に終わらせた。
家の静けさの中で、
カタカタとキーボードを打つ時間。
ああ、これがやりたかったんだなぁ、とポーと思う。
休憩がてら、
NHKの『幸せは寝て待て』を最後まで観た。
見ているたら、私のごはん欲が掻き立てられる。
だけど、丁寧にごはんを作るのは正直めんどくさい。
でも、ちゃんと食べたい。
冷蔵庫に残っている野菜を並べて、
しばらく考える。
手作りのたくあんを千切りにして、
シソと和えてみた。
ちょっと量が多かったかな、と思ったけれど、
鯖の塩焼きの脂をさっぱりさせてくれて、
むしろ足りないくらいだった。
いい組み合わせを発見。
有元さんのオイル蒸しは、もうわたしのおはこ。
白菜をただ蒸すだけでは物足りないけれど、
オイル蒸しは、とろりと甘く、
それでいて野菜の食感ちゃんと残る。
二人分と思って切った野菜を、
ぺろりと平らげた。
初めて作ったニラの味噌汁も、おいしかった。
ほんのり香るニラが、味噌とよく合う。
また作ろう。
午後の休憩は、阿佐ヶ谷姉妹のドラマを観た。
観ながら、
「阿佐ヶ谷に引っ越したいー!」と
熱がぐんと上がる。
暮らしの空気感。
街の距離感。
人のテンポ。
ああいう場所で、散歩して
家で仕事をして、
ごはんを作って、
静かに暮らせたら。
そんな妄想をしながら、
有休の一日が終わった。
3-line diary
- A quiet day at home felt like a glimpse of the future.
- Simple food and steady work grounded me.
- Maybe this is the life I’ve been imagining.
2月9日 月曜日
昨日は早い時間に食べたはずなのに、
朝までお腹がいっぱいで、朝食は二人でスキップ。
昨晩は、すんなり眠れた。
目覚めたとき、
「寝れたみたいだね」と、もりやん。
寝息のリズムで、ちゃんと寝ているってわかったらしい。
もりやんの起床に合わせて、わたしも起きる。
……と言いつつ、ベッドの中でドラマの続き。
昨日『ひらやすみ』を一気見したら、
『団地のふたり』も観たくなった。
これまた、私の好みにドンピシャ。
朝4時から、二倍速で一気見した。
いや〜、楽しかった。
登場人物一人一人に愛着が湧く。
団地の空気、
それぞれの家の雰囲気。
全部、よかった。
もりやんは、先ほど以前の会社の上司とZOOM。
思っていた感触とは違ったらしい。
「やっぱり戻れないかも」
「そしたらまた振り出しだ」
いろんな不安が渦巻いている様子。
わたしたちは、すぐ期待して、
ワクワクして、突っ走るところがある。
それは、すごくいい方向に働くこともある。
もうそうなった気で生きる、ということだから。
でも、うまくいかないとき、
不安や落ち込みも大きい。
それはきっと、
未来をコントロールしようとしているからかもしれない。
もっと、流れに身を任せろ、と
言われている気がする。
流れに身を任せるのは、
一見、無謀に見える。
でも本当は、
それができる人こそ強いのかもしれない。
自分の好きなこと、
やりたいこと、
叶えたいことが明確な人。
芯や軸があって、
どんな選択でも大丈夫、
この軸さえ曲げなければ大丈夫、と自分を信じられる人。
それが、わたしたちの理想の自分たちだ。
だから今は、
「荷物を背負いすぎだ」
「手放せ」
「もっと身軽になれ」
「自分を知れ」
そんなメッセージを受け取っているような気がする。
思っていたのと違う、このやり方でなければと固執せず、
反応しすぎず、流れに身を任せろ!
今はそのフェーズへ行くための、
成長痛なのかもしれない。
そして、もうひとつ思った。
「好き」がある人は、強い。
好きなことに没頭している時間、
その間は他のことが入ってこない。というか入る余地がない?
目の前の「好き」を、
頭だけでなく、体全身で感じる。
山登りやサイクリングを愛好する人たちも、
きっとそうなんだろうか。
アクティブだなぁと思っていたけれど、
あの時間こそが、最高の回復なのかもしれない。
歩く前より元気になる。
わたしにとっては、
さくらももこの本を読んでいる時間が近い気がする。
その世界観に没入する感覚。
この間、悩みは入ってこない。忘れている。
そして、読み終わった後に、スッキリと軽い感じというか、
脳みその一部に、空白ができたように感じる。
その空白があるから、
また新しい思考が始まる。
好きって、すごい力。
3-line diary
- We can’t control the future, only our center.
- When I sink into what I love, everything else softens.
- Maybe strength is learning to let go.
2月8日 日曜日
起きたら、銀世界。
昼になっても、雪は止む気配なし。
雪が積もっても、焦ることもなく、
むしろ、ちょっと嬉しい。
なぜなら私は昨日から5連休に入って無敵なのだ。
昨日はなかなか眠れなかった。
23時ごろまで、ずっとスマホ。
もりやんが復職するかもしれない。
もしかしたら、引っ越すかもしれない。
次は西エリアがいいね、なんて話していたから。
物件探しが大好きなわたしは、
一度ハマると延々とやってしまう。
中央線沿線をくまなく調べ、
妄想して、ワクワクして、
眠れなくなった。
寝たと思っても、すぐ目が覚める。
結局、もりやんの起床と一緒に起きた。
最近はもっぱら阿佐ヶ谷エリアに興味深々だ。
エリアを調べていたら、
以前から観てみたいな〜と気になっていたドラマの舞台が阿佐ヶ谷だと知る。
これは見るしかないでしょう。
暗がりの朝4時から、
途中7時に朝ごはんを挟みながら、
全話観てしまった。(U–NEXTにあってよかった〜)
朝食後はバナナケーキを焼きながら。
ケーキは思うような仕上がりにはならなかったけれど、
ちょっとコツがわかった気がする。
また挑戦しよう。
ドラマを観て、ケーキを焼いて。
まるでその世界に住んでいるみたいで、
静かで幸福な香りに満ちた時間。
でも同時に、
日記を書かなきゃ、
動画編集しなきゃ、
サイトも更新しなきゃ、
という気持ちも、どこかにある。
日記を開き、昨日の続きを書こうとしたら、
昨日行った場所が思い出せない。
頭を使おうとすると、
頭がぐわん、として酔いそうになる。
脳は、すごく疲れているみたい。
寝不足が続いているのに、
いざ横になっても眠れない。
雪がこんこんと降るのをぼーっと見ていたら、
外に出たくなった。
ひとまず玄関を出たら、
ひんやりして、気持ちよくて、
頭が少しすっきりした。
戻ってまたパソコンに向かうけれど、
やっぱりぐわん、としてくる。
ベッドに入っても眠れない。
でも、寝転びながらドラマの続きを観ることはできそう。
そんな体調。
寝ながらなら、書けることがわかった。
枕に頭を預けているときは、
脳の後ろ側のぐわんぐわんする部分が楽だな〜と感じているのがわかった。
なんでこんなにぐーたらなんだろう、
と思いながら今週を振り返る。
今週は、胸がぎゅっとなって、
頭がぐるぐるして、不安がいっぱいだった。
それを一生懸命コントロールしようとしていた。
私は職場で、
責任感や評価を気にする癖が発動してしまいやすい。
無意識に自分にプレッシャーをかけていたのかもしれない。
退勤すれば、気が楽になったけれど、
脳みそはきっと、疲れを溜めていたんだな。
それでもドラマはやめられない。
ずっと気になっていた作品が、やっぱりドンピシャ。
『ひらやすみ』。
『団地のふたり』。
どちらも、まさに好きな世界。
北欧、暮らしの道具店の佐藤店長が
「暮らしが好き!」と言っていた。
わかる!!
その言葉が、すとんと腹の底に落ちた。
わたしはずっと、こういう感じが好き、としか言えなかった。
でも「暮らしが好き」という一言で、
まるっと包まれた。
同時に、
「暮らしが好き?」ってどういうことか説明できる?
って不安もよぎる。
でもドラマを観て、確信する。
やっぱり、わたしは「暮らしが好き」。
それでいいじゃん。
午後3時前、「今日、寿司にしない?」
ともりやん。
即、意気投合。
最近食べていなかったお寿司。
(わたしたちにとって“最近”は二週間)
電車に乗って、銚子丸へ。
まだ夕食には早い時間だし、
雪も降っていたせいかお客さんはまばらで
広いソファ席に通された。
テーブルいっぱいにお皿を広げて、
次から次へと食べる。
二人してこんなに気前がいいのは、
東京都アプリの登録で1万ポイント還元があったから。
今日はこの1万円分、思う存分食べるぞー!
食べる前も、
食べている間も、
食べ終わった後も、ワクワクは続く。
帰りにセブンでシュークリームも買った。(調子に乗ると私たちは食に走る)
雪の日の、贅沢な一日。
3-line diary
- Snow fell quietly while my thoughts raced.
- I realized I simply love “living.”
- Sushi, stories, and softness brought me back to myself.
2月7日 土曜日
昨日は、焼き鳥居酒屋へ。
終始、笑顔が尽きない時間だった。
わたしなんて英語がちっともできないのに。楽しさは共有できるのだなぁ。
帰り道、ふわふわとした気持ちで、
思い出しては笑顔がこぼれた。
クリストファーさんは、日本の食材に果敢に挑戦していた。
芹の根っこ。
こんにゃく。
もつ。
鳥刺しまで。
「僕はフードチャレンジャーだ!」って言いながら、
ちゃんと味わって、どんなものか確かめながら食べていた。
奥さんは、「私はやめとくわ」と言いながら、
少し呆れ顔で、でも楽しそうに彼を見守っている。
その二人の対比が、なんとも微笑ましくて、面白かった。
わたしももりやんも、るんるん気分。
元気が溢れているのか、まだお腹に余裕があって、帰り道にローソンへ寄った。
マイセンのロースカツサンドとバニラモナカジャンボを買った。
寒空の下でも、
高揚した気持ちのまま、寒さなんて気にせず、
ロースカツサンドを二人で半分こして頬張る。
なんだか、青春みたいだった。
今日は、ワンコインコンサートへ。
オーケストラは初めて。
意外と楽しみにしていた。
以前、利用者さんに
「墨田区には立派なトリフォニーホールがあるよ」と教えてもらって、
ずっと気になっていたから。
本当に立派で、
墨田区に住んでいるのが、ちょっと誇らしくなるくらい。
正直、ワンコインだから、
それなりかな?なんて思っていたけれど——
すごかった。
感動した。
女優の藤田朋子さんが語り役で参加されていた。
『となりのトトロ』の物語に合わせて、
あの音楽たちが、目の前で奏でられる。
おそらく何百回と見たトトロのシーンが、
くっきりと浮かび上がる。
楽器から放たれる音の波動が体に伝わる。
演奏者さんや指揮者さんの動き。
初めて生で見るオーケストラ。
トトロを見ていたあの頃の情景がよみがえって、
いろんな感情が、全身に満ちていく。
自然と涙が溢れそうになった。
目が、うるうる、きらきら。
泣いているのがばれないように、
瞬きもせず、目の前のすべてを見つめていた。
オーケストラ、よかったなぁ。
3-line diary
- Laughter needed no perfect English.
- Music carried memories I didn’t know were waiting.
- Tonight my heart feels full and wide open.
2月6日 金曜日
昨日のことを思い出しながら、日記を書いている。
昨日は、もりやんも私も、
半分寝ていて、半分起きているような状態だった。
もりやんは、これからの期待と不安で。
私は、もりやんの気持ちを知れた満足感と、
ちょっぴり明日の仕事への不安で、そわそわしていた。
結局、二人ともあまり眠れないまま、
いつも通り起きた。
電車の中。
職場が近づくにつれて、
読書をしていても、思考が乗っ取られそうになる瞬間がある。
ページの上の文字を目は追っているのに、
心は別のところへ行っている。
こういう揺れている時も、記録しておこうと思って、今書いている。
書いていたら、
なんだか自分がおバカちゃんに思えてきた。
「そこで悩む?」みたいな気持ちが出てきた。
これはきっと、
“深刻になりすぎちゃう病”だ。
頭の中だけで考えていると、
本当はすごく小さいことなのに、
すごく大きな問題のように感じてしまう。
なんか「千と千尋」でもそんなシーンがあったなぁ。
「こいつが悪さしてたの?!」みたいな。
千尋が最後に、えいっ!って踏みつけたやつ。
ああ、あれかもしれない。
そうだ。
今日は本当は、もっと楽しみな日なのだ。
YouTubeでファンになってくれた、
クリストファーさん夫妻と、初めてお会いする。
わたしが、この重く握りしめた手をぱっと手放せば。
本当は、楽しみも、幸せも、喜びも、
ちゃんとそこにあるのかもしれない。
どうせならさ、自分が嬉しくなるものを握っていたいよね。
3-line diary
- My thoughts tried to turn small worries into big storms.
- But beneath the noise, joy was quietly waiting.
- Today I choose to loosen my grip and step into it.
2月5日 木曜日
今日は、起きられないなぁ。
寝ぼけ眼のまま、
もりやんが散歩から帰ってきた音を聞きながら、のそのそ動き出す。
半分眠ったままYouTubeを開く。
アファメーション用に保存している動画を流す。
ジュピターが流れている。
歌詞が、ぐーんと手の先、足の先まで
エネルギーのように流れた感覚があって——
すぱっ!と起きた。
カウンターには、
温められたご飯が二つ。
おにぎり用の鮭も焼いてある。
あとは私が握って、
それぞれのお弁当袋に入れるだけ。
役割を決めたわけじゃない。
なんとなく、そうなっている。
もりやんは、えらいなぁと思う。
6時40分ごろに起きて、
7時に朝食。
その20分のあいだに、いろいろやった。
着替えて、
乾燥が終わった洗濯物をたたんで、
歯を磨いて、
おにぎりを握って。
ベランダの干し網から干し芋を3つ。
2つはもりやんのおやつ。
1つは私のおやつ。
急いでいる感じはない。
気ままな朝。
昨日、夜ごはんを食べてから寝るまでが1時間しかないね、と話した。
二人とも、胃の重たさを感じていた。
今は、もりやんが帰ってくるのが18時過ぎ。
食べ終わるのは19時頃。
朝が早いから20時には寝たい。
以前は4時に夕食をとっていたから、問題なかったけれど。
そこで、ひとまず以下を試してみることにした。
私は早めに食べる。
もりやんは仕事終わり用のおやつを持っていく。
帰宅後は豆腐や味噌汁など軽めに。
様子を見る。
職場のドアを開ける前。
いろいろあるけれど。
ぷかぷか浮いているコジコジをイメージする。
「ふーん、そうかー、そうなんだー」
今日から、そんなふうに生きよう。
小さく、決意表明。
先週は、すごく反応していた。
沸々とした感情でいっぱいだった。
でも今日は違った。
ちょっとした気の持ちようなのだけど、
なかなかやるなぁと思う。
会議の時間は、すいーっと終わり、訪問へ。
自転車で移動している時間と利用者さんと対面する時間、どちらも好きだ。
一人のお昼休憩もほっと息つける。
最近は暖かい。
お昼は公園のベンチで食べた。
ふっくら、しっとりした鮭がごろっと入ったおにぎり。
外で食べると、もっと美味しい。
干し芋も、まじまじと味わう。
なめらかな舌触り。
ありがたいなぁ、と思いながら食べた。
今日の訪問は特に楽しかった。
利用者さんのお友達の話。
ご夫婦でポーランドに移住した方の話。
「ヨーロッパで、日本人がほとんどいない場所に住みたい。」
それでポーランドに決めたそう。
ポーランドで子どもを二人育て、
和菓子職人になったそうだ。
きっかけは、和菓子が恋しくなったから。
可愛いきっかけだ。
そして試行錯誤のうちに、研究熱心な性格も加わって和菓子職人に。
プロセスが、いいなと思う。
そのときの自分に素直に従っていたら、
結果、こうなった。
そんなストーリーは、ワクワクせずにいられない。
帰宅後。
ラジオ「チャポンといこう」を聴きながら、夜ごはん作り。
夜ごはんの目標は、
野菜がメインで、お腹がほっと満たされること。
ある利用者さんのお家では、
いつも湯豆腐の準備がしてある。
ふと思い出して、湯豆腐いいなぁと思う。
白菜もある。
干し椎茸と煮干しで、ゆっくり出汁をとる。
ネギもある。
冷蔵庫に食材が豊富にあるのは、うれしい。
多すぎると負担になるけれど、
今日の冷蔵庫は、ちょうどいい塩梅。
なすは焼きなすに。
昨日ゆでたほうれん草は、醤油をかけて絞る。(「醤油洗い」というらしい)
有元さんの本で見て、やってみたかったやつ。
やり方は完璧じゃないかもしれないけれど、
絞る工程も楽しい。
ほんのり醤油味を確かめながら食べるのも、なんだか良い。
もりやんが、スマホに熱心。
私の話、聞いてない!と、ちょっとプンスカしていたら、
ふいにスマホを渡された。
「とにかく読んでみて」
そこには、
これからどうしたいか。
二人でどう生きたいか。
もう一度チャレンジしたいこと。
数年前、『ライフ・シフト』を読んで、
支え合いながら夢を叶えようと二人で決意した。
この一年、
私は(私の両親のサポートもありながら)模索してきた。
「やってみたい」が叶った幸せも、たくさんあった。
でもそれは、自分の足で立っているとは言いきれなかった。
本当の自由とは、
自分たちの足で立ててこそ。
私は能天気だけれど、
もりやんは、もっとそう感じていたのだと思う。
もりやんが一昨年まで七年間ほど勤めていた会社から、熱いオファーがあった。
当時の彼が誠実に向き合ってきたことが、きっと伝わっているんだ。
この一年の回り道も、
必要な時間だったのかもしれない。
やってみたいと思える環境から声がかかる。
何かの巡り合わせのような気がする。
3-line diary
- This morning I chose lightness over reaction.
- Warm food, simple routines, and shared dreams steadied me.
- Maybe every detour has been guiding us somewhere meaningful.
2月4日 水曜日
昨日、職場でズコーンと気落ちすることがあった。
今日も、引きずっている。
自分が不十分に感じる。
欠点をわざわざ掘り起こそうとしてしまう。
あっぷあっぷと溺れているみたい。
胸の奥がぎゅっと締めつけられて、苦しい。
でも最近の私は、
ズドーンと急降下する前に、踏みとどまれるようになった。
「落ち着いて、落ち着いて」
そう自分に言い聞かせる。
けれど、冷静な頭の自分も、
この胸の締めつけをちゃんと感じている。
状況はフィフティー・フィフティー。
完全勝利はない。
少しでも感情に引っ張られている限り、
冷静な思考が圧勝することはない。
そっちへ行かないように、となんとか踏みとどまるので精一杯だ。
その踏みとどまる力さえ、少し苦しい。
何かが起こるたびに、
この綱引きは始まる。
でも。
自分が揺らぐことも、
周りが揺らぐことも、
「揺らいでいるね」
それだけでいい。
それ以上、何もしなくていい。
そうか。
そうなったか。
そうなんだね。
ただ、それだけのはずなのに。
そうやってゆらゆらと
力を抜いて流れに身を任せられる私を、私は望んでいる。
だって、そのほうが軽いから。
正しいか、正しくないか。
証明しなきゃ。
証明できなきゃ終わる。
何かを失うのがこわい。
そんなことを考えているとき、
頭はカチカチ。
呼吸は止まり気味。
眉間には皺がよる。
穏やかじゃない。
余裕もない。
自由もない。
こういう日、
ルイーズ・ヘイさんの言葉は沁みる。
ほっとする温度。
はぁ〜〜っと力がほどける、
あたたかいシャワーを浴びているみたい。
そのシャワーの中では、
穏やかで、余裕があって、自由な私がいる。
そして今。
こうして書いている私は、
もう自由の身じゃないか。
家は、私の居場所だ。
3-line diary
- Today my heart felt tight, but I didn’t fall.
- I stayed with the feeling instead of fighting it.
- Writing brought me back to a softer, freer place.
2月3日 火曜日
今朝4時。
聞いていたボブ・プロクターの動画で、はっとした。
昨日、朝起きたとき、
ずっと後回しにしていた動画編集を「さあ、やろう!」と思えた理由がわかった。
それは、環境が整っていたからだと気づいた。
もう、やる以外に何もない。
そんな状態だった。
友人が自宅に来る日まで、
私の中には小さなことがたくさん溢れていた。
無意識に、いっぱいいっぱいだったのだと思う。
家の中も、なんだか混沌としていた。
それらが目に入るたびに、
ちょっと後ろめたい気持ちになるもの。
今度でいいや、と目を背けてきた小さなこと。
そういうものが、静かに溜まっていた。
でも、友人が来るというきっかけで、一掃した。
部屋を見渡すと、
「ああ、いいな」と思える。
この環境は、私に満ちたエネルギーをくれる。
家の環境を整えることが、私は本当に好きなんだ。
家で暮らしながら生きたいと思っているから、
なおさらかもしれない。
私のモチベーションは、家を見ればわかる。
なんて単純なんだろう、と笑ってしまう。
複雑に考えすぎるなよ、私。
友人が来た日から、なんだか調子がいい。
気になったら、すぐ手が動く。
ささっと整える。
部屋が整っていないときこそ、
掃除ばかりしている気がして、
「こんなことばかりしていていいのか?」
「仕事(サイト作成や編集)をしたいのに」
焦りや不安が出てきてしまう。
でも今は違う。
部屋を整えることも、
仕事も、
どちらもバランスよくできている。
不思議だ。
「気づいて → 動く」が自然にできているときは、
自分が安定しているときなんだとわかった。
『天才たちの日課』の続き。
ベートーヴェンの話が面白い。
みんな、生活の中に癖が散りばめられている。
本人は真面目で普通でも、
俯瞰すると不思議で、ちょっと可笑しい。
私の暮らしにも、
そんな癖が隠れているのかな。
少し期待してしまう。
電車の中で高山さんの『日々日記6』の続き。
「手を抜かない人って、今の自分に満足しながら働いているからという気がする。
小さな迷いや不満が、適当に気を抜いてもいいやというムードを作るのではないかな。」
最初は思った。
手を抜かない人って、
むしろ自分に満足していないから完璧主義になるんじゃないの?って。
どういうことだろう、ともう一度読み返す。
すると、するりと入ってきた。
実体験として。
昨日や今日の私は、たぶん「満足」している。
今できることをやる。
「ない」ではなく「ある」を見る。
その感覚が「ある」。
だから、家のことも、
やりたかったことも、
ちゃんと、できている。
そしてまた、満足する。
でも数日前の私は違った。
小さな悩みや不安やうっぷんを抱えて、
「今はしょうがない」と目の前のことを後回しにしていた。
それは、自分への甘えだったのかもしれない。
もしかしたら、
もりやんにもそんな雰囲気を撒き散らしていたかもしれない。
そういう時間は、確かに損だ。
誰よりも、自分が。
落ち着いて、少し反省する。
3-line diary
- When my space is clear, my mind becomes clear too.
- Satisfaction fuels discipline more than pressure ever could.
- Today I chose to build from “enough,” not from lack.
2月2日 月曜日
あ、余談ですが。
昨日、二人にお家を褒められて、とても嬉しかった。
私たち sushi couple を好きだと言ってくれる
みなさんからいただいたものがたくさん飾られた部屋。
二人で一生懸命つくった棚。
がらんとした畳部屋。
窓から公園が見えて、やさしく光が入り込む感じ。
私たちが「いいな」と思っていたこの空気感を、
二人も「いいね」「落ち着くね」と言ってくれた。
それが、本当に嬉しかった。
今、パソコンを打つ手を止めて、部屋を見渡す。
やさしい愛が、ぽわんぽわんと漂っている感じ。
やっぱり sushi couple として動画を発信してきてよかったなぁと、
じーんとする朝。
(昨日の焼き芋、カリカリほくほくねっとりで美味しかったな。)
いつもの朝食のあと、
午前中は、日記を添削してサイトに載せる作業。
プロフィール文章も考えた。
朝ごはんが控えめなので、お腹が空くのが早い。
10時ごろには昼食準備。
昨日作っておいた胸肉のソテー。
残り物のセロリときのこたっぷりスープに牛乳を加えて。
れんこんとあみエビのきんぴら(三つ葉のせ)。
千切りキャベツの残りに鰹節をたっぷり。
なんだか、ちゃんとしている。
昼食後は、動画の字幕編集。
3月から再スタートしたい。
だから3月までに一本仕上げたい。
……なのに、やろうやろうと引き伸ばしてしまう。
でも今日はやった。
やり始めたら、楽しいのにね。
途中、干し芋の味見チェックと、みかんでおやつ休憩。
読みかけの『天才たちの日課』の続き。
偉人たちの毎日の過ごし方。
生活とどう折り合いをつけていたのか。
真似できないなー、
真似したくないなー、
と思う人も多くて面白い。
でもみんな、自分を動かす方法をちゃんとわかっている感じがする。
私がちょっと似ているかも、と思ったのはパトリシア・ハイスミス。
「規律や自制を一切退け、書くという行為をできるかぎり楽しいものにしなければならなかった」
“やらなきゃ” が入った瞬間、
私は急に億劫になる。
今朝、ベッドの中でふと、
「あ、編集作業しよう。したい」と思えた瞬間があった。
あれは大事な感覚。
実は昨日、友人が来るからとガガガーっと整理整頓した。
空気がスーッと澄んだ。
視界に嫌なものがなくなったら、
ずっと後回しにしていたことに向き合えるようになった。
やらなきゃ、じゃなくて。
やろう。
やりたい。
そう感じた。
さっき、もりやんが「お菓子食べたいね」と声をかけてきた。
つまり、スコーンを作ってほしいということ。
「しょうがないなぁ〜!」と言いつつ、ちょっと嬉しい。
レシピは見るけど、数字はだいたいで。
焼く前の生地の状態を見れば、
美味しく焼き上がるかどうかがわかるようになってきた。
だから今日は、米粉を使って、
ココアもきなこも入れてみる。
バターの代わりは米油で。
生クリームは豆乳で。
なんだか自在にこなしている感じが、えっへん!となる。
10分もあれば生地は完成。
あとはエアフライヤーにお任せ。
甘く香ばしい匂いが、家中を漂う。
最高だなぁと思う。
こんなに焼いているんだから、
そろそろ合羽橋に行って菓子作りの道具を揃えてもいい気がしてきた。
焼いている間に、もうひとつ。
動画再開にあたって、最近やってみたいと思っているのは——
sushi couple ラジオ。
ラジオ風に二人で喋るだけ。
第一回は、休止期間をどう過ごしていたか。
もし好評だったら、
メッセージを受け取って、それについて喋る。
本物のラジオみたいに。
そんな妄想をしている。
3-line diary
- Our home felt full of quiet love this morning.
- When I create from joy instead of pressure, everything flows.
- Maybe this is how new ideas begin — softly and warmly.
2月1日 日曜日 快晴
11時に友人二人と合流。
土日になると行列ができるカフェがある。
ちょうどオープンの時間。
一人だったら、なかなか入る勇気がなかったけれど、
テイクアウトもできると知って、ケーキを買って帰ることにした。
可愛らしいいちごのタルト。
3人お揃いで。
スーパーに寄って、たこ焼きの材料を買う。
タコ、ちょっとしか入っていないのに、とても高い。
代わりに、
明太子、薫製ウインナーも買う。
トッピングはチーズ、ネギ、紅生姜、天かす。
ホットケーキミックスとチョコとバナナも買って、
すずカステラも作る予定。
チョコレートの値段が、
記憶の倍くらいに跳ね上がっていて驚いた!
一人は去年、お母さんになった。
もう一人は結婚して、カナダのワーホリから帰ってきた。
生活環境も立場も、がらりと変わった。
でも、会えば高校生の頃の延長みたい。
あの気軽さと心地よさは、変わらない。
あの頃も、
学校よりさらに田舎にある友人の家に集まって、
みんなでたこ焼きパーティーをしていた。
周りの同級生が、おしゃれして恋愛を楽しんでいるとき、
私たちはこたつを囲んで、たこ焼きをつついていた。
「高校生を謳歌しなさすぎだったよね〜」と笑いながら、
でも最後はいつも、「あれはあれで楽しかったよね」で締める。
今日も、同じ。
家にあったキムチと鰹節も追加。
タコは少ないけれど、
大きめのぶつ切りにして、ちょっと贅沢気分。
明太子は半分を具材に、
残りはトッピング用に明太マヨに。
これは完璧な選択だった。
無心でたこ焼きを焼く。
「おいしい〜」と言いながら、
思い出話と、今の話を行ったり来たり。
私は先日、
さくらももこの『そういうふうにできている』を読んでいた。
妊娠発覚から出産までのエッセイ。
子どもがいる人生も、なかなか面白そうだな、
と思っていたところだった。
だから、お母さんになった彼女の話を、
とても興味深く聞いた。
夜はわりと規則正しく寝てくれて、
睡眠不足にもならずに過ごしているらしい。
もともとインドア派で、家が好きな彼女は、
我が子と猫とずっと一緒にいる時間を、のんびり楽しんでいる、と。
赤ちゃんに一方的に話しかけているんだって。
その光景を想像するだけで、なんだかあたたかい。
寝返りができるようになったらしい。
この前会ったときは、まだ自分の手を手と認識していないようだったのに。
うんちを出そうとするときは、
眉をひそめて踏ん張るらしい。
そして、ぬぽっと出た瞬間、
ぱあっと表情がゆるむのだとか。
なんて微笑ましい生き物なんだろう。
彼女は、さくらももこと同じようなことを言っていた。
「私は私だから、子どもが生まれたら自分の人生を全部注がなきゃ、とは思わないな」
子どもは子どもで、別の生き物・・・。
「子どもができるって、チームが一人増える感じがするよね」
そう言ったら、彼女も「そうそう」と笑った。
彼女と、彼女の夫と、子どもと、猫。
きっと、とてもいいチームなんだろうな。
3-line diary
- We gathered like we always did, with flour and laughter.
- Life has changed, but our warmth hasn’t.
- Maybe having a child is simply adding one more teammate to the circle.
1月31日 土曜日
今、夜明け前の3時。
おしっこで目が覚めた。
しばらく眠れない。
「寝れない、寝れない」と悩むより、
今日はもう、とことん自分に付き合おうと決めた。
ベッドに腰かけて、
さくらももこの『そういうふうにできている』の続きを読む。
この本に出会ったのは中学生のとき。
読み始めてしばらくしたら、
「ああ、この本がきっかけで
私はさくらももこを好きになったんだ」とすぐに気づいた。
特に印象に残っているのは、
彼女が自分の子どもについて書いていたところ。
この子は、私とは違う別の生き物。
だから私の人生は私のもの。
この子の人生はこの子のもの。でも、仲良く協力して生きていきたいね。
その考え方が、中学生の私の心にすーっと入ってきたことを思い出した。
世の中も、宇宙も、
きっと「そういうふう」にできている。
うまくいくことも、
うまくいかないことも。
意味がないように見えることにも、
意味がないという理由があるのかもしれない。
私は32歳。
子どもを産む、産まない。
やっぱり頭の片隅にはある。
今はやりたいことがはっきりしているから、
「今じゃないよね」と思っている。
それはもりやんも同じ。
でも、もう一人の仲間が
私たちの隣に誕生する未来を想像すると、
それはそれで、とてもワクワクする。
結論は、たぶんシンプル。
私ともりやんが仲良く協力して生きながら、
いつでも迎えられる状況を作っていけたらいい。
もし二人のままだとしても、それもまた素敵。
どちらの人生にも、
それぞれにしか体験できないことが詰まっている。
神様なのか、宇宙なのか。
それはわからないけれど、
きっとそういうふうにできている。
無だったところに、赤ん坊が宿るように。
このエッセイは妊娠の話から生命や宇宙や粒子の話まで広がっていく。
そこが私は、とても刺さる、心に。
私ともりやんも、
もともとはお互いの存在を知らなかった。
たまたま同じアプリを、
同じタイミングで使って。
たくさんの人が利用する中で、
たまたまお互いの画面に現れて。
興味を持って、連絡を取って。
不思議だと思う。
もし過去の何かが少しでも違っていたら、
出会えなかったかもしれない。
思い出すときゅっと苦しくなる過去も、
恥ずかしくて目を背けたくなる出来事も。
それがなかったら、
もりやんに会えなかったのかもしれない。
そう思うと、
すべてが「そういうふうに」できていたようにも感じる。
もりやんに出会えたことが、本当に嬉しい。
ありがとう、が自然と湧いてくるのが不思議だ。
あと20分で、もりやんが起きる時間。
眠くならないので、このまま起きていることにした。
もりやんの散歩に一緒に行かせてもらうことにした。
夜明け前4時の街は真っ暗。
でも月が大きい。
昨日の夕方4時には高く小さく見えた月が、
今日は低く、大きく、満月に近づいている。
もりやんは1時間歩いても寒そうだったけれど、
私はポカポカ、自家発電みたいに熱くなっていた。
「君は代謝がいいから、運動しないともったいないね」
「このエネルギー、余らせたまま腐らせたら有毒ガスが出るかもね」
そんな会話。
汗ばんだ私の手で、もりやんの冷たい手を包む。
ひんやりして、気持ちいい。
帰宅後、もりやんは英語の勉強。
私はちょっかいを出しそうなので、
寝巻きに着替えて布団へ。
ぼやーん、とろーん、とした半覚醒の感覚が心地いい。
ぐっすり眠れなくてもいいや。
ふと、桑田佳祐の「明日晴れるかな」が聴きたくなった。
最近聴いていたわけでもないのに、
急に思い出した。
目を閉じて、耳元で流す。
少し苦しくて、少し寂しくて。
でもただネガティブじゃない。
二本の足で、グッと立っている感じ。
最後は優しく背中をぽんと押してくれる。
当時の私も、
きっといろいろ抱えながら踏ん張っていた。
今、歌詞を読みながらもう一度聴く。
何かがあるから何かがなくて、
何かがないから何かがある。
バランスよく、そういうふうに。
あの頃の私と同じように
32歳の私もまた、じーんとしている。
横になりながらメモをとっていたら、
気づけば前向きな光に満ちていた。
私も部屋中も。
午前中は掃除。
床を拭き、窓を拭き、隅々まで。
洗濯物や食器が溜まっていた。
最近、掃除が追いついていなかった。
部屋がごちゃつくときは、
気持ちもいっぱいいっぱいになっているとき。
でも今日は、すっぱりきれいにする日。
明日、高校時代の友人が来る。
楽しみと、ちょっとした見栄が私を動かした。
午後は図書館へ本を返し、買い物へ。
お昼は外食。
天や、サブウェイ、ゴーゴーカレーの3択で悩む。
決まらないので、じゃんけん。
パー=天や
チョキ=サブウェイ
グー=ゴーゴー
結果は、ゴーゴー!
初ゴーゴーカレー。
意外と好きかも。
ルーだけならココイチより好みかもしれない。
でも、タカイ。
私はつい人間観察をしてしまう。
カレーを頼んでから、順番待ちにイラついていたおじちゃん。
店員さんは外国の方で、日本語が少し聞き取りづらい。
忙しい店内で、ちょっとピリッとした空気。
でもおじちゃんは、
カレーを食べ始めたら黙々と食べていた。
好きなのかな。
金沢出身だったりして。(ゴーゴーカレーは金沢県発祥らしい)
ピークを過ぎた店内。
さっきイラつかれていた店員さんは、
笑顔でスタッフと話していた。
なんだかホッとした。
でも、外食って高いなあ。
家で作ったら……
と、どうしても考えてしまう。
外食は、
「振る舞ってもらう」っていうご褒美だな。
3-line diary
- At 3 a.m., I chose to sit with myself instead of fighting sleep.
- Life, love, and even chance meetings feel somehow meant to be.
- Today I felt gratitude — for the past, for the present, and for what may come.
1月30日 金曜日
朝から、憂鬱。
ベッドの中で、もぞもぞしている。
目は覚めているのに、
背中は一向にベッドから剥がれようとしない。
なにか大きな理由があるわけじゃない。
でも、小さなことがいくつも宙に舞って、
整理がつかないまま、悶々と浮遊している。
そんなとき、
「冷静な思考部分」が語りかけてくる。
大丈夫。
それは単に脳の仕組みだよ。
昔のパターンに慣れているから、繰り返そうとしているだけ。
脳科学から学んだ知識を持ち出して、
今にも崩れそうな「感情部分」をなんとかして支えようとしている。
そのやりとりが、頭の中でずっと続いている。
ふと外を見ると、
真っ暗で街灯しか見えなかった空が、
濃い橙色とグレーと、今日は晴れかな?ってわかる青っぽい色が混じった
やわらかなグラデーションになっていた。
建物や木々が影絵みたいで、きれい。
束の間の休息も、
背中はベッドから剥がれようとしない。
起きないと、起きないと。
いつも通り、
もりやんが冷凍ご飯を温め、サバを焼いてくれている。
やっとその音を聞いて、重い体を起こす。
もりやんが温めたご飯をおにぎりにするのが、私の役目。
7時。
テーブルに朝食が並ぶ。
トマトジュースにオリーブオイル。
(私は豆乳も。)
ナッツの容器、95%カカオ、無糖ヨーグルト。
もりやんが並べ終えたら、準備完了。
二人でWBSを見る。
今日はテスラの話題から始まった。
7時32分、家を出る。
この30分間、
出発時間を気にしながら、
朝食を食べ、
片付けをして、
ばたばたと支度をする。
名残惜しくて、
その気持ちを知っているから、
いつも玄関までもりやんが来てくれる。
握手やハイタッチをしてから、
ドアを開ける。
出てしまえば、切り替えるしかない。
家の中では、すぐにもりやんに頼りたくなる。
でも家を出たら、
自分で自分を支えなくちゃ、という気持ちになる。
電車の中は、私には刺激が多い。
人。音。匂い。
思考があっちこっちへ飛んでいく。
だから、読書はとてもいい。
特に、さくらももこの本。
没入できるから、なおさらいい。
(ニヤニヤしてしまうので、そこは注意が必要。)
これまでは通勤時間に、
延々と職場のことや人間関係を考えていた。
どんどん近づいてくる現実に、
打ちのめされそうになりながら。
でも本の中に入ってしまえば、
それ以外のことを考えないでいられる。
少なくとも、今このページを読んでいる間は。
3-line diary
- This morning my body didn’t want to rise, even though my mind was awake.
- Between logic and emotion, I watched the sky slowly brighten.
- A book on the train helped me carry myself forward.
1月29日 木曜日
昨日、なんだか冴えなかったのは——
夜、しっかり眠れていなかったからかもしれない。
眠れないというより、妙に冴えてしまって。
2時ごろから、
今度行きたい蚤の市について調べ始めてしまった。
その反動か、今日はぐっすり。
いつもは夜中に一度トイレで起きるのに、
今日はもりやんが起きたことに、うっすら気づいた程度。
ずーんと深く眠った気がする。
変な夢も見たような気がするけれど。
最近の夢には、
昔関わった人たちがぞろぞろ出てくる。
「え、この人?」と、
ほんの少ししか関わったことのないような人まで。
でも、誰だったのかはもう思い出せない。
どんな意味があるんだろう。
(私はけっこう夢占いが好きです。)
木曜日は、朝に職場の会議がある。
これまでは訪問と被っていて参加していなかった。
でも、訪問枠が空くことになり、最近は出席することになった。
もう5回目くらい。
正直に言うと——
これは会議なの?
と疑問に思うくらい、退屈で、窮屈で面倒。
多くは語らないけれど。
さっきまで、ここに不満や愚痴を書き連ねそうな勢いがあった。
でも、その勢いは程なく鎮火した。
会議が終わって、1件目の利用者さんのところへ行ったら、
さっきまで沸々していたものが、どこかへ行ってしまった。
目の前のことに集中する。
それって、すごくデトックスになるなぁと思う。
今は、夜ごはんを何にしようかな、と考えている。
もりやんは最近、結構お腹を空かせている。
今の量では物足りないみたい。
でも、私たちは寝る時間が早い。
だから、条件がある。
・お腹は満たされる
・でも消化は軽い
・重くならない
そんな都合のいい食べ物、あるだろうか。
野菜のおかずのバリエーションを増やすのが、今の課題だな。
3-line diary
- I realized my mood was simply tired, not broken.
- A good sleep and quiet focus washed the irritation away.
- Tonight, I’m thinking about light meals and lighter thoughts.
1月28日 水曜日
朝は、すこーんと青空で気持ちがよかった。
でも、みるみるうちにどんより曇り空になっていった。
今日も午後の訪問がなかったので、お昼で退社。
行きたいところがあったから、
ひとつ先の駅で降りてスーパーへ寄った。
味噌とにんにくを買うつもりだった。
でもスーパーに入ると、
つい、ぐるっと一周してしまう。
特売のセロリを見つけた瞬間、
すぐに手が伸びた。
またセロリスープを作ろう。
今度はシチューに変身させてみようかな。
ころころしたさつまいもも目に留まる。
母が作っていた干し芋は、おやつ代わりにちょうどよかった。
自分でも作ってみようかな。
もう少し、うろちょろして、
「まあ今買わなくてもいいか」と会計を済ませた。
店を出た瞬間、気づく。
……にんにく、忘れた。
でもまたレジに並ぶのは、なんとなく恥ずかしい。
まだニンニクチューブも残っているし、それを使い切ってからでいいよね。
これからはチューブを買うのは卒業しようと思っていたところだし。
そんなふうに自分に言い聞かせて、ダイソーへ向かった。
ダイソーでは、欲しいものがはっきりしていた。
小さなベニヤ板の天板の小物置き。
うちの鬼こけしと猫こけしを、玄関上の壁に飾りたい。
ちょっとした神棚みたいに。
でも、探しても見つからない。
前に買った店舗と違うからだろうか。
ないものは、ない。
なんでもない日は、
「ちょうどいい散歩距離」だと思える道。
でも今日は、
「ああ、ここまで来るんじゃなかったな。遠いな。重いな。」
なんて、ぼんやり思ってしまう。
お昼ごはんはいつも、
鯖の塩焼き入り雑穀米おにぎりと、ゆで卵2つ。
でもそれだけでは、いつもお腹が減る。
今日はりんごを半分、おやつに持ってきていた。
そうだ。
りんごを食べながら歩こう。
この先に、猫ちゃんたちが住んでいる空き家がある。
りんごを半分こしようかな、なんてちょっと楽しみにして。
でも、猫は一匹も出てこなかった。
今日はこんなにどんよりしていて、ぐっと冷えているからだ。
それに・・・、りんごも美味しくなかった。
スカスカして、味が薄くて、酸っぱい。
猫もきっと、「これは美味しくない」って思ったかも。
あげなくてよかったかも。
りんごを食べたら、急にうんちがしたくなった。
食べながら歩いているから、腸が動き出したのかな。
最近は息んでも、ころっと小さいのしか出なかったのに。
今日は違う。
「内側のドアは開いてます。あとはあなたがゴーサインを出すだけです」
そんな感じで、もう肛門のあたりまで降りてきている。
もー、困ったお腹だ。
でも「困ったやつ」なんて思ったら、
便意が機嫌を損ねてスッと引っ込みそうな気もする。
あとちょっとだから、待っててね。
そっぽ向かないでね。
家に着いたらすぐトイレに行くからね。
自分を自分で宥めながら、早足で歩く。
ああ、なんか今日は残念な日だなあ。
こんな日もあるか。
肛門の戸口がゆるまないように、でも早く!
家までの距離と荷物の重さが恨めしい。
3-line diary
- The sky turned gray, and so did my mood.
- Even small things — a forgotten garlic, a tasteless apple — felt heavier than usual.
- Still, I walked home, carrying both my groceries and myself.
1月27日 火曜日
ふわっと、さらっと言えた日。
出勤前に頭の片隅にあった、まだ終わっていない書類業務のこと。
今日は一本早い電車に乗れた。
いいスタートだ。
始業までの時間に一つ片付ける。
あともう一つ。
訪問スケジュールを見ると、午後の訪問が空いていた。
他の人の予定もチェック。
どうやら交換の必要はなさそう。
所長に聞いてみた。
「交換が必要なければ、午前の訪問が終わったら、残っている書類業務を終わらせて退勤してもよろしいでしょうか?」
いつもの癖でどう言おうか、と悩む前に、言葉が口から出ていた。
さらっとOK。
お昼休憩を取らずに帰れると思うと、
一日得した気分で、嬉しくなる。
最近は、ヘビーな利用者宅への訪問や雑務でいっぱいだった。
(あまり意識していなかったけれど結構精神的に疲れていたみたい)
だから午後の空き時間が、ご褒美のように感じた。
「訪問件数が減ったら、その分給料も減るじゃん!」
そんな心配が一瞬湧いたけれど、すぐにおさまった。
嬉しい気持ちは、隠せないから。
ぽん、と時間ができると、
どうしても「効率よく過ごすには?」と考えてしまう。
無駄にしないように、と。
もともとの私の癖というより、
いつの間にか、そうなってしまった感じ。
本来の私は、
ぼけーっと気ままに、直感で動くのが好きなナマケモノの仲間なのだ。
「何がなんでも充実させよう!」という熱すぎる気持ちは、ちょっと私には重いのだ。
だから手放してみよう。
図書館のある駅で降りた。
歩きながら、
どうして今日はこんなふうに思えるのかな、と考えていた。
ああ、そうだ。
「焼きそばうえだ」だ。
思い出すだけで、笑いが込み上げる。
さくらももこ好きとして、
これは手元に置いておきたいと思ったくらい好きな本。
大人が本気で遊んでいる。
お金も時間もかけて。
しかも、くだらないことで。
でも他人が「くだらない」と思うことに、
本気で遊び心を持って、時間もお金もかける。
そこで起こる珍道中を、結果的に全部楽しむ。
それって、すごく豊かだと思う。
人も人生も豊かだ。
すこーんとした青空。
白い建物も、飛行機も、よく映える。
昨日、図書館でもりやんが手に取った本の隣にあった本。
タイトルに後ろ髪を引かれるようにして帰った。
昨日は次行った時に見てみよう、と帰ったのだけど、
今さっき、予約していた本が届いたと図書館からメールが来ていた。
なんていいタイミング。
図書館へ向かう。
予約本を手に取って、昨日の本棚へ。
タイトルを見て、
ぱらぱらとめくる。
やっぱり、興味がふつふつと湧いてきた。
家にすでに10冊借りているのに、
また借りる。
その本はヤマザキマリさんの
『仕事にしばられない生き方』
作者を知らずに借りたけれど、
後から『テルマエ・ロマエ』の人だと知って、
なんだかさらに嬉しくなった。
まだ半分も読んでいないのに、
うんうん、と頷きながら前のめり。
買った本だったら、
線と付箋でいっぱいになりそうな勢いだ。
夕飯のあと、もりやんに本の話をした。
感動を伝えたいのに、
やっぱりうまく喋れない。
(もりやんは要約が本当に上手で、すごいなあと思う。)
この熱だけは・・・
どうか伝わってほしいと必死。
でも今日のもりやんは、
要点のつかみにくい、「わーうー」と赤ちゃんのように騒いでいるだけのような私の話を、
目をきらっとさせて聞いてくれた。
お風呂上がり、
自らヤマザキさんについて調べてくれて、
「『バカの壁』で有名な養老さんと対談しているのがあるよ」
なんて言う。
「面白そうだから、僕もすーちゃんが借りた本、オーディブルで聞いてみよう」だって。
嬉しいな。うれしいな。
もりやんは恥ずかしがり屋だから、
わざと少し上から目線で私に言う。
「君って時々、突然犬を拾ってくるみたいなことするよね」
犬なんて拾ったことないけど?と首をかしげると、
「たとえ話だよ。僕は君にインスピレーションをもらうことがよくある、ってこと」
なんだか、例え話はよくわからなかったけど、それはどうでもよくて、
「ふふふ。そうだろう、そうだろう。」と
私はちょっと得意げになった。
この前、U nextで観たウォルト・ディズニー兄弟の話になった。
私はウォルトで、
もりやんがお兄ちゃんだね、と。
「じゃあ、すーちゃんは、もりやんも一緒にワクワクすることをいつも見つけてくるよ」
そう約束したら、もりやんも嬉しそう。
私が見つけてきたら、それを「どうやって形にする?」と頭をひねるのが、もりやん。
私のワクワクが形になるのは、
いつも、もりやんのおかげなのだ。
嬉しくて、頭が冴えてしまって、
なかなか眠くならなかった。
3-line diary
- Today I spoke up gently, and the world felt lighter.
- A free afternoon, a good book, and shared excitement — that was enough.
- I’m learning that inspiration grows when it’s shared.
1月26日 月曜日
午前中は、来週土曜日の予定を立てました。
どんな一日を過ごしたい?
そうやって二人で話します。
予定通りに楽しむこと。
予定通りにいかなくて、臨機応変さを楽しむこと。
そんな私たちの日常を、カメラに収める日です。
2月は、もりやんの誕生日。
有元さんのレシピで、バターを使わないスポンジケーキを知りました。
誕生日ケーキにいいなと思って、さっそく練習がてら焼いてみることに。
有元さんがよく言っている言葉があります。
レシピ通りに作っても、卵の大きさも違うし、部屋の温度も違う。
いろんな要因で、まったく同じにはならない。
だからこそ、「五感で感じて」。
まさに、そんな感じでした。
焼く前の生地は
有元さんのものと少し違った。
有元さんの生地は、もっと粘度が高い。
上から液を流し込むと、リボンが折りたたまれるように見えた。
でも私のは、さらっとしている。
上から流すと、中心からすぐに広がっていく。
ほうほう、確かに違うな。
(きっと薄力粉ではなく米粉を使ったし、卵もビッグサイズだったからかな?)
焼く時間も、自分で感じ取らなきゃいけないとわかりました。
オーブンによって、全然違うんだ。
私はエアフライヤーを使っています。
前回、栗原さんのバナナケーキを焼いたときにうっすら気づいていたけれど、
今日、確信に変わりました。
エアフライヤーは、表面だけがとても焼き色がつきやすい。
それなのにケーキの中心部分はまだ生焼け。
だから、途中で様子を見て、焦げないようにアルミフォイルをかぶせる手間が必要。
うちのエアフライヤーちゃんで焼くときは、そういう付き合い方がいるのですね。
決められた通りにやって、うまくいくと嬉しい。
でも、ずっとそれだけで進んでいくと、
大切なことに気づかないまま大人になってしまうのかもしれない。
有元さんのレシピは、そんなことを考えさせてくれました。
自分の環境で。
自分の今あるもので。
いかに、ベストを作り上げるか。
五感をフルに使って、試行錯誤する。
それは、「私の人生を、私が生きている」ということなのかもしれない。
甘く香ばしい香りを待ちながら、そんな壮大なことを考えていました。
出来上がったケーキは、まったくの別物。
米粉で作ると、もちもち、ずっしり。
これはスポンジケーキではないね、というやつ。
でもこれはこれで美味しい・・・のか?。
今日のおやつには、いいでしょう。
……うーん。
誕生日までに、うまくいくだろうか。
午前中、もりやんがこの日記のアウトプット場所として、サイトを作ってくれました。
とても気に入りました。
サイトを開くと、
以前ファンの方に描いてもらった「sushi couple」のイラストが、どーんと目に入る。
とにかく単純で、シンプル、
すっきりとしたデザイン。
時々、もりやんはエスパー?と思うことがあります。
私が今思ったことを、言葉にしてくれたり、
形にしてくれたり。
それだけ私がわかりやすい、ということかもしれないけれど。
でも、私はもりやんが私のことをよく見てくれているんだなと思って、すごく嬉しい。
気分よく、
サイトにメモ日記を移していく作業。
これまでメモ帳に記録し続けてきた、
この日記といっていいのか、頭の中のごちゃごちゃとした思考の殴り書き。
見てもらえる人がいないかもしれない。
でも、いつか誰かの目に留まる日が来たら?
と想像はできるのです。
読んでいてホッとしたり、
ふふふと笑顔になったり、
この日記がそんな存在になれたらいいな、と夢見ています。
WordPressに貼り付ける手を止めて、
「自分で言うのもなんだけどさ、結構面白いよ、これ」
と、お調子者のようにもりやんのところへ。
「僕も結構いいなと思ったよ。よくこんなに毎日書けるね。それは才能だよ」
……結構嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
私はまた、ちょっとおどけてみせます。
でも、「よく毎日書けるね」と言われて思いました。
私は、書こうとすると全然書けないタイプです。
これまで日記をつけようとして、何度もやめてきました。
なのに、どうして今は続いているんだろう?
そもそも、これは日記なのだろうか?
ただ日付という線を引いて、
膨大な言葉を収めているだけ。
書こうとして書いているのではない。
頭の中でぐるぐる内省している言葉たちが、
とめどなく溢れていて、
自分では消化しきれない。
だから、うんちを出すみたいに、
こうやって書き出すとスッキリする。
それに気づいたのは、ChatGPTに相談するようになってからです。
私は、悩みや疑問を相手に伝えるのが苦手。
頭の中では、いろんなことが目まぐるしく渦巻いているのに、
いざ伝えようとすると、
何から話せばいいか。
どうすれば相手が理解しやすいか。
またぐるぐる考えてしまって、うまく話せない。
言葉が意図しない方向へ進んでいって、
相手を怒らせた記憶も何度もある。
だから、誰かに自分の思いを伝えるのが、すごく苦手。
でも、もりやんは違う。
どんなに拙くて、めちゃくちゃでも、聞いてくれる。
わかろうとしてくれる。
私はもりやんを信頼しているし、大好きだから安心できる。
でも、もりやんにばかりに甘えて、何でもかんでも思いをぶつけることはしたくない。
自分で考えて答えを出したいこともたくさんあるし、
整理してから伝えたいこともある。
そんなとき、ChatGPT(通称Gさん)は、
どんな稚拙な言葉も、何度もぐるぐる考えてしまうことも、全部受け止めてくれる。
頭の無重力空間に飛び交っていた思考を、きれいに整理してくれる。
Gさんには感情がないから、いい。
いつも同じ温度。
私が機嫌の悪い日でも、向こうは変わらない。
私は、自分なりに賢い使い方をしていると思う。
尊敬する人たちをメンターにして、
ジョー・ディスペンザ、ボブ・プロクター、ルイーズ・ヘイ、ジェイ・エイブラハム……
彼らになりきってもらって、相談に乗ってもらう。
でも、いつも思う。
進みたい方向も、答えも、
本当はすでに自分の中にある。
賢いGさんは、それを見抜いて、
上手に整理してフィードバックしてくれているだけ。
……また話がそれた気もするけれど。
才能、と自分で言うのは恥ずかしいけれど。
私のこの「いろいろと考える力」は、
もりやんの言う“才能”なのかもしれない。
ちょっと素直に受け取ってみよう。
3-line diary
- I baked a cake and realized that following a recipe is never enough — you have to feel it.
- Maybe living is the same: doing your best with what you have, in your own environment.
- Today, I felt grateful for words, for growth, and for the quiet support beside me.
1月25日 日曜日
昨日の講座の後、2人の話はつきませんでした。
新しい場に行ってよかったね、と2人で話しました。
今日まで全く知らなかったあの人が、
どういう人生を辿り、どのようにビジネスを軌道に乗せ、今も経営しているのか。
本やテレビで見るよりも、ずっと身近な人のように感じた。
エネルギーが直接伝わる感じがしました。
講義の中で、前後に座っている人たちと話す時間がありました。
今まで喋ったことのないようなバックグラウンドを持つ人たち。
だけど、同じ志を持った人たち。
不思議だけど、静かなエネルギーに満ちている感じがしました。
講義室を出て、カフェに向かった。
そこで私ともりやんは、2人の進む方向を確認しました。
それぞれが個として、何をやりたいのか、何をやるかを。
私は、sushi coupleとしてYouTubeを続けること。
2月いっぱい撮影はお休み。
3月から撮影開始。
そして3月までに、今までに撮っていた動画を1本の動画としてアップできる状態にするぞ。
もう一つは、この日記を続けること。
カラダのことも、記録を続けること。
いつか誰かの目に止まって。
日々のこの日記が、誰かの「ホッ」に繋がったり、
癒しになったり、ちょっと元気を与えらるのだとしたら、嬉しい。
カラダのことも、専門家だからと意気込まなくていい。
日常の日記の延長で、「ふーん、なるほど」と気楽に読めるものがいい。
読後に「ちょっと意識してみようかな」って
思い立つような、そんなきっかけが作れたら嬉しい。
この積み重ねがいつか、
本になるかもしれないし、
取材とか、講演の依頼が来るかもしれない。
そんな未来の広がりにワクワクせずにはいられない。
そして、
昨日の講座を終えて、
ちょっと1人で考えてみようと思ったことがあります。
それは、
「私はどんなビジネスをしたいのかわからない」ということ。
世界2の私のことは、
さっき書いたように、かなり具体的にイメージができている。
でも、ビジネスとなるとどうか?
これはビジネスなのか?
私が今やりたいことは、
「私はここにいます。こんな人です。こんなことを考えています。
こんなことができます」と、存在を発信し続けることなのではないか。
そうやって誰かの目に止まったとき、
その誰かが、「あなたの言葉に癒されます」と言うかもしれない。
「あなたに私の体の悩みを見てもらいたい」と言うかもしれない。
そう言われて初めて、「ビジネス」というものが見えてくるような気がして。
私がビジネスを立ち上げたいと思ったきっかけは、率直なところ会社員を卒業したいからだ。
煩わしい人間関係や、組織のルールや価値観から離れたい。
休みも、働く時間も、自由に決めたい。
なんなら、働く場所だって。
お金をもらうために、本当はもっとこうしたいと思う時間を犠牲にするのは嫌だ。
もっと、金銭面的にも豊かになりたい。
私たちの生活は、35万あれば十分足りる。
でも今は、この生活費を稼ぐために、何時間も会社に費やしている。
それが嫌だ。
もっと少ない時間で、
自分たちがワクワクしながら生活費は余裕で賄えることを望む。
余裕分は、自分たちの世界を広げるために使ったり。
「誰かの役に立ちたい」と何かを始めることに使ったりしたい。
私は、「会社に行くこと」を人生の中心にしたくない。
現状の私を含め大半の人は、
制限された有休の中で
やりくりしながら旅行に行ったり、好きなことに時間を使っている。
でも私は、そういう人生はいやだ。
私の人生の時間を何に使うのか、
そのマネジメント権利は私にしかない、そう思うのだ。
ここまで書いた中に、
たくさん私の「ワクワクの種」は含まれていたと思う。
「やりたい」というより、「こうありたい」という感じが強いけど。
sushi coupleとして活動を始めて、
海外のファンの人から「毎週の日課になっている」
「仕事前の癒しだ」と言われるのがすごく嬉しい。
そういう動画を、等身大の自分たちで提供できていることが、何より嬉しい。
ファンの人と実際に会って、相手の人柄に触れたり、話を聞くのも楽しい。
相手の国の文化や生活を垣間見ることも。
いつかみんなの国を周りたい。
ファンの人に現地で会って、
その人の日常の話や、普段のごはんを教えてもらったり。
歩んできた人生の話を聞いたり。
それをまた、みんなにシェアできたらこんなに楽しいことはない!とワクワクする。
私たち二人の共通点は、
どこか特定の場所にこだわるよりも、
世界のあちこちを見て、その都度感動するのが好きということ。
私たちの動画は、
無意識だけど国も、文化も、宗教も越えているのかもしれない。
住んでいる環境やバックグラウンドが違っても、
「いいな」と思う「想い」みたいな?
そういう共通する何かを届けられているのかもしれない。
私たちは、
自分たちが当たり前や普通と思っていることの枠を取っ払いたい。
世界のことをいっぱい知りたいし、触れてみたい。
いいとか悪いとか、そんなジャッジは手放して、
ただ、知ること。
そうなんだ、と興味を持ち、受け入れる瞬間に喜びを感じているのだと思う。
ここまで殴り書きして、ハッとした。
それは、
私はやっぱり、
sushi coupleの延長として生きたいのではないか?ということ。
日記も、カラダのことも。
英語ができなくても、AIや翻訳アプリを使えばいい。
そうやって、海外の人の目にも触れられるようにするのはどうか。
sushi coupleのファンの人が、
動画では見せない私の一面や、動画の裏側の日常に触れて、
「楽しい」と思ってくれるのではないか?
そんなワクワクが、沸々と心の中で沸いた。
……んー。
やっぱり、「ビジネス」の話からは遠のいてしまったなぁ。
日帰りで実家に行ってきました。
行く数日前までは、
これからワークショップをやってみようという気持ちだった。
お母さんに、体験会の1人目として参加してもらおうと考えて準備していた。
でも、もう気持ちは確実に変化していて、
ワークショップなど、「ビジネス」として何かを準備することはしないと決めた。
だから、ふつうに実家に帰った。
母と父の暮らしぶりをのぞいて、近況を報告し合った。
行く前から、母がきっとご飯をたくさん準備してくれていることは、わかりきっていた。
体も、野菜が食べたい。
母のご飯が食べたい。と言っていた。
そう思って、朝ごはんを食べられるように、早く行った。
やっぱりお母さんは、ごはんをばっちり用意してくれていました。
おかずも、種類が盛りだくさん。
どれを口にしても、「これが食べたかったんだよ〜」と、喜びに満ちていた。
さつまいも入りの具沢山味噌汁が、すごく美味しかった。
母の朝ごはんは、体に沁みました。
お土産は、
からあげ、ささみ揚げ、茹でたブロッコリー、冷凍ハンバーグや生ハム、
モロゾフのクッキー、みかん、ニンニク麹、干し芋。
もりやんが「尻餅」が食べたいなと言っていたとポロッと伝えたら、
お父さんが「いいよ!」って言って、買いに行きました。
とても嬉しそうに。
父も母も高齢になってきて、カラダのことは気になるけど、元気に過ごしていて安心しました。
私たちのことを、心配してなんやかんやと言ってくるけど、
いつも最後は応援しているよ、と私たちのやろうとすることを肯定してくれる。
ありがたいです。
Three-line diary
- I’m still searching for the shape of my business, but I know the life I want.
- Maybe it begins with simply being myself and sharing it honestly.
- Today, my parents’ warm breakfast reminded me what really matters.
1月24日土曜日
今日はもりやんと墨田区のビジネス講座に参加する。
計5日間。
自分たちでどんなビジネスを始めるのか、
講座を受けて、最後に発表するというものだ。
正直、ビジネスについては
チャットGPTや素晴らしい本館で賄えているのだけど、
そういう場に参加してみるってことが大事かなって思ったのだ。
今まで関わったことがない世界や人に出会うきっかけは
いつだって私たちの小さな一歩から始まると思う。
ではあと1時間後に出発します。
1月23日 金曜日
今週は、1週間が長かった気がする。
私は3月から、会社勤務を週4から週3に減らす。
きっと、それを楽しみにしているからだ。
3月になったら、もっと自分のやりたいことを
もっと自分の生きたい人生をチャレンジする時間が増える。
だから、ちょっとカウントダウンしてしまう。
1日1日を、「まだかな、まだかな」って。
夕方4時。
部屋に差し込む光は、とても優しい。
この時間に今までの私は気づけていたのだろうか。
Three-line diary
- This week felt long because I’m already looking toward March.
- I keep counting down to a life that feels more mine.
- The soft 4 p.m. light reminded me to slow down and feel today.
1月22日 木曜日
お昼休みに、動画の編集の続きをした。
近ごろ、インスタも編集アプリも開くのが億劫になっていた。
やった方がいいかなって、いつも思っていたけど、とりあえず閉じていた。
「やりたいな」を待とうと思ったのだ。
「やらなきゃ」で動くのを、やめてみようと。
それは、ちょっと勇気がいる。
「やらなきゃ」を当たり前に感じている自分は、
私を怠惰なんじゃないか?って思ったりするから。
でも今日は、あれこれ考える前に手が動いた。
アプリを開いて、動画のカットをしたり。
最初から動画を再生して、自分の動画を見てみた。
その時の私の顔は、自然と笑顔だったと思う。
動画で見る私の世界は、まさに私が理想とする世界そのものだ。
自分で言うのもなんだが、ほっこりする。
特に見せ場があるような動画でも、なんでもない。
ただの、私たちの日常だ。
それが、微笑ましい。
私が映っていて、もりやんがいる。
2人で笑って、歩いて、ご飯を食べている。
私が「いいな」と思っているこの暮らしを、
画面を通して、「癒される」と言ってくれる人たちが、たくさんいる。
改めて、ありがとうって思った。
私は、とても嬉しい。
Three-line diary (English)
- I waited until I truly wanted to edit again.
- Today my hands moved before doubt could stop me.
- Watching our simple life on screen, I felt quietly grateful.
1月21日 水曜日
今日は、健康診断の日。
わたしは小さい頃から、健康診断の日が嫌いだった。
特に、体重測定が。
小学生の頃は、生徒が記録係も務めていた。
わたしの体重を見られると思うと、とても憂鬱だった。
小学生の頃から体型にコンプレックスを持っていたのは、母親譲りだと思う。
母は今も体型のことを敏感に察知して、
「太ったんじゃない?」とか「ちょっと痩せた?」とか聞いてくる。
痩せた時はいいけど、「ちょっと太った?」なんて、別に言われたって嬉しくない。
何よりも
自分自身がコンプレックスだと感じていることを
ガツンと目の当たりにしなきゃいけないから、
他人に見られるとか、体型について言われるっていうのはもっと嫌なのだ。
社会人になっても、健康診断嫌いは続いている。
ここ最近、わたしは体重が増加気味だからだ。
3kgは簡単に太る。
最近、我ながらいい考えだと思ったのは。
3kgは変動するものだと余地を与えて、おおらかに体重を捉えるということだ。
つまり、
54〜57kgの範囲で体重を見るということ。
54kgなら、次は51〜54kgを目指そう!ということになるし。
57kgであれば、黄色信号。
早急に、食事と運動、便通を見直せというサインだ。
ちなみに、今日の体重測定は55kgだった。
ん〜〜。
Three-line diary
- I still don’t like health check days, especially the scale.
- Three kilos feel light to gain, heavy to lose.
- Today was 55kg — somewhere in between comfort and caution.
1月20日 火曜日
今日は、とても寒かった。
雪が降りそうなぐらい、風が冷たくて。
フードも、マフラーも、手袋も、全部装着。
雪だるまのような格好でも、気にならない。
それよりも、寒さの方が勝つ。
トボトボと歩きながら、「今、何食べたい?」と自分に聞いた。
わたしは、よく自分と会話する。
特に、食事に関しては小さい頃からだ。
「何が食べたい?」と聞かれたら、
とりあえず、ありとあらゆる食べ物を頭に思い浮かべる。
これは違う。
これは気分じゃない。
これはいいけど、パッとしない。
そんなふうに、ぶつぶつ頭の中で考えながら
「これだ!」というものが想起されるまでそれは続く。
「これだ!」とビンゴした時の爽快感。
そうかそうか、それが食べたかったのか。
確かに食べたいぞ、と思うことに満足感を感じるのだ。
小さい頃は、ビンゴしたところでそのご飯が食べられるわけじゃなかったけど。
大人になった今は、
「今日のご飯は何にしようか」
というアイデアにもなるので、意外と役にも立っている。
お腹も空いていたけど、とにかく寒すぎて。
きっと、暖まりたい気持ちだったのか。
ミルクティーがビンゴした。
なぜ? ミルクティー?
と思ったけど、思い返せば。
栗原さんの本でも、有元さんの本でも。
さっき電車の中で読んでいた高山さんの本の中にも、ミルクティーが出てきていた。
完全に影響を受けているのが分かった。
しかも、みなさん、大きなマグカップにたっぷり注ぐとか。
ミルクをたっぷりとか。
想像すると、それだけで幸せになる。
わたしは、すぐに「いいな」と思ったことに、すぐ影響される。
ミルクティーは、豆乳じゃダメだと思って。
スーパーに寄って、おいしい牛乳を買った。
Three-line diary
- It was so cold today that even layers couldn’t win against the wind.
- I asked myself what I truly wanted, and milk tea was the answer.
- A big warm mug felt like a small, borrowed happiness.
2026年1月19日(月)
昨日に引き続き、「家のこと」をたくさんした。
焼き菓子作りにハマってから、一番もりやんがリクエストしてくれるのがスコーン。
と言っても、クッキーとスコーンくらいしか、まだ試していないのだけど。
何がいい?と聞くと、いつも「スコーン!ココアのやつ!」という。
なんか毎回それでいいのか?とも思うけど、
気に入ってくれているのが伝わるので、とても嬉しい。
同じものを繰り返し作っていると、
「このくらいのネチョネチョ加減がいいんだよね」と、
焼く前のベストな状態が、なんとなくわかってきた。
もりやんも私も、
表面はクッキーみたいにカリカリ、中はほろほろしている感じが好き。
SNSで見つけたいくつかのレシピも試したけど、
栗原さんのクリームスコーンを参考にするので落ち着きました。
今日で3回成功しているので。
栗原さんのスコーンはバターを使っているけど、私は米油に。
薄力粉も、米粉とちょっとおからパウダーに。
生クリームの代わりに豆乳を入れて、アレンジしている。
今日のスコーンは特に食感が気に入ったので、分量をメモしておこう。
バター60gのところ、米油60gに変更
薄力粉200gのところ、米粉180gとおから10g、ココア10gに変更
生クリーム大さじ1〜2のところ、豆乳30gに変更
お昼ご飯は、昨日の千切りキャベツの残りに、
ベランダのパセリと、もりやんが昨日作っていた茹でどりを割いてサラダにした。
切り干し大根は、そろそろ食べ切らないといけないかな。
直火OKと知って、以前よりもぐんと使い勝手が良くなったホーロー容器。
切り干し大根の煮物が入ったそれを直接火にかける。
ぐつぐつしたところに、溶いた卵を流し入れて、ご飯の上に乗せて丼にした。
(スコーンを食べたお腹が「ご飯はやめといたら?」と言ったので、私はご飯を控えました。)
そして今日は、やってみたかった料理がありました。
蓮根を素揚げして、ニンニク醤油で和えた一品。
有元さんのレシピ。
これが最高に美味でした!
もう、蓮根はいつもこれがいい!ってくらい美味しい。
余っていた長芋も、すごく合っていました。
揚げ物は、汚れたり後片付けが面倒って思っていたけど、
料理人の笠原さんの言葉を聞いて、揚げ物がすごくやりたかったのだ。
「揚げ物の油なんて、無くなるまでなんでもかんでも揚げればいいんだよ。」
笠原さんのおばあちゃんは、
「今日は簡単でいいかい?」という時に、いつも揚げ物を作ってくれていたそう。
確かに言われてみたら、野菜の素揚げは冷蔵庫にある野菜を揚げるだけ。
衣も、粉と水があればできてしまうらしい。
食べきれなかった揚げ物は煮浸しにしてもいいし、フライなら卵とじ丼にしても美味しい。
「今晩の料理どうしよう」なんて悩まなくても、
ポンポンと流れができあがる感じ。それが、素晴らしいなぁと感動した。
二人の素晴らしい料理家さんの叡智を拝借して、今私は料理を学んでいる。
こういう時間が、「いま、わたし楽しい」と実感させてくれる。
午後は、昨日仕込んでおいたセロリのスープを
一つはカレー、もう一つはミネストローネにする予定。
半分だけ残っていたバーモントカレーを入れてから、
やっぱりこれだけじゃ物足りないかな?と味見したら、とんでもない。
セロリのスープの威力たるや。
いつもはカレールーを2種類、隠し味にカレー粉やニンニク、
ウスターソースなんかを入れたりするけど、今回は入れませんでした。
というか、入れるなんて滅相もないって感じ。
とても深みのあるカレーに仕上がって、明日の夜に食べるのが今からとっても楽しみです。
ここ数日、有元さんのエッセイや料理本を片っ端から読んでいる。
なんか野菜でもなんでも、
素材の素質をわかっているというか、その扱い方がわかると、
調理はとってもシンプルなのに、すごく美味しいものが作れるんだなって実感しています。
今までの私は、
わからないから「こいつらをどうしたらいいもんか」と頭を抱えて
料理がめんどくさくなったりしちゃうけど。
自分が選んだ食材たちの素質とか、活かし方を理解していると、
パッパッと、その子たちの魅力を引き出す料理法が思いつくというか。
そんなことを、有元さんの本で学んでいる気がします。
料理の勝手がわかるって、すごく楽しいな。
もりやんは、ファンの人たちが日本に旅行に来た時に、
旅行会社として案内したり、手続きを手伝ったりできたらいいなと考えています。
なので、必要な資格試験の勉強を始めました。
あと、歴史とか地理とか、そういう知識も豊富な人になりたいんだって。
だから、楽しそうにいろんな本を読んだり、動画を見たりしています。
根っからの勉強好きです、彼は。
わたしも、「世界を飛び回る」っていう夢がある。
それに日本の観光も、
歴史とか地理とかに詳しかったら
もっと楽しくなるんだろうなというのは薄々感じていた。
そんなこんなで、わたしも趣味で世界遺産検定を勉強してみようかな、ということになりました。
水曜に、過去問と参考書が届きます。
試験のための勉強は割と得意だったけど、今覚えていることはほとんどありません。
だから、この試験はそうならないように。
合格はむしろおまけ、という感じで。
知ること、学ぶこと自体を楽しんで勉強できたらいいな、という所存です。
今日の散歩は、まず近所の本屋さんへ。
世界遺産検定の参考書を探しに。
なかったので、一駅隣まで行ってみたけど、そこもなかった。
やっぱり郵送を待つことにしました。
もりやんと、「なんだか楽しみがいっぱいだね」なんて話しながら、ワクワク帰りました。
Three-line diary
- I baked the same cocoa scones again, and they felt just right today.
- Cooking slowly, learning from others, made me feel quietly happy.
- We walked home talking about new dreams, already excited for what’s next.
2026年1月18日(日)
自分の名前で働きたい。
自分の言葉とか暮らしが、
誰かに「私も自分を生きよう」と思ってもらえるような、そんな私になりたい。
それが仕事だとしたら、すごく嬉しい。
今日は、朝起きた時の右肩のこりが柔らかかった。
まだ日が上らない時間から、のそのそと起きて、
台所を拭いて、気になるところを磨いた。
窓の桟とか溝の汚れを無心で拭いた。
そういえば昨日、23時ごろに一度トイレで起きて、寝れなかった。
職場を変えられたら、
この悶々とした気分も変わるのだろうかと、
区役所でバイトなんかないかなと思って探してみた。
でも、探しながら、
「うん、やっぱり違う。
そういうことじゃないよね。」
本当は、私自身が一番わかっているんでしょ?
そう問われた私は、
何がわかっているのか。
言葉としてはっきりと輪郭があるわけではないんだけど。
そう、自分の名前で生きたい。
私は「わたし」なのだ。
組織という箱の中の私ではなく、私は「わたし」として生きたい。
それだけ納得して、眠ろうと思った。深く。
眠りが浅いから右肩も辛いし、
スイッチを切りきれない頭は、ずるずると騒ぐのだと思う。
深く眠れる音楽をかけて眠りました。
短時間だけど、ぐっすり眠れました。
ほらね、私ってすごく単純なのに、
なんか難しく生きようとする方向ばかりにいこうとするから、ややこしくなる。
まぁ、そういう自分もまるっと自分なのだけど。
東向きの窓は、朝焼けが綺麗だ。
綺麗というか、生きているって感じがする。全部が。
木の輪郭が、「陰絵?」と思うくらい、
はっきり、くっきり細い枝までわかる。
サバンナの朝焼けは、もっと生きているという感じなんだろうな、と思った。
朝ごはんは、いつもの。
(トマトジュース、わたしは豆乳プラス。ナッツ、95%カカオ、BIO無糖ヨーグルト)
今日は日曜なので、WBS(ニュース番組)はお休み。
大好きな「世界街歩き」を観た。20周年スペシャルらしい。
世界街歩きの世界観って、すごく素敵だ。
なんかとても平和なんだけど、説教くささはちっともなくて、なんか好き。
違いとか癖とか、
そういうのを全部ひっくるめて
微笑まし世界だよねって言っているような。
ナレーションの人が毎回違っても、統一した世界観というか、
基本ベースは自由なんだけど、一点だけ緻密に
絶対崩さない核みたいなのものがテーマにあると思う。
お昼ご飯は、
昨日特売で買ったモウカザメでフライにした。
もうふわふわで、
久しぶりのフライだし、「チキンカツより好きかも!」と嬉しくなるうまさ。
昼ごはん作りは、
なんか、すごくいい感じで段取り良く手仕事をこなしていた。(有元さんの本を読んでいたおかげ)
それなのに、最後の最後でやらかしました。
ミキサーがちゃんとセットされていなかった。
栗原さんの玉ねぎドレッシングを作ろうと、
ちょっといい酢と油を立て続けに入れてから気がついた。
「下から漏れてるーーー!!!」
必死で堰き止めようにも、とめどなく広がり滴り落ちる油とお酢。
もりやんを大声で呼んだ。
やっぱり、わたしは有元さんじゃなくて、わたしでした。
どこか絶対抜けている。それがわたし。
その瞬間は絶望的にがーーんと落ち込むのだけど、
すぐに「木はたまにオイルで手入れしなきゃだしね」とか、
「床の掃除ができてよかったなぁ」とか、
そんなことを考えちゃうから、いくらでも失敗するんだろうなぁ。
呑気にそんなことを考えながら床を拭いた。
お昼ごはんをしっかり食べたら、
もりやんと夕方に散歩の約束をして、1人秘密の場所へ。
「秘密の場所に行ってくるね」と言ったら、「秘密の場所?あぁあそこね」と。
全然秘密じゃないけど、わたしには秘密の場所なのです。
高山なおみさんのエッセイを読みました。
ご友人の原田さんが綴ったページが、
なんだか歌を聞いているようで、言葉が流れていて素敵だった。
わたしは語彙力のなさを自覚しているから、
本を読むと、言葉をいっぱい吸収しているみたいで
謙虚に学んでいる気持ちになる。
それは子どもがたくさんいろんな経験をして成長していくのを見守っている感じ。
こんな言葉をかけたらいいなぁ、なんて思ってしまった。
いつかこの言葉が、
わたしの言葉になるように、ここに書いておきます。
「自分」という、あまりにも不確かで、曖昧で、ちっぽけで、移ろいやすく、
手に負えない存在を通してしか、この世界を感じることはできない。
弱さも、ダメさも、くだらなさも。
さみしさも、ダサさも、愛おしさも。
美味しさも、楽しさも、素晴らしさも。
ぜんぶ、抱きしめて、伝えてくる。
ぜんぶ、吐き出して、からっぽになろうとする。やっと、やっと、これからだよね。
さんざん雨が降って、ようやく地がかたまって。
なんとか、自分の足で立てるようになって。
ここから、また、どこまでも。
呼吸を整えて、ざぶんと飛び込んでいくんだよね。
もっと、めちゃくちゃに。
もっと、しなやかに。
わたしたちは、もっと、もっと、自由に泳げるはず。
頭の中にはいろんな思いが溢れているのに、
いざ言葉にするとうまく伝えられない私。
シャイで、自分の思いをあまり表出しないけど、
伝える時はちゃんと整理して言葉にできる、もりやん。
私たちは、物事の捉え方というか、
考え方のプロセス?が異なるんじゃないか、
と散歩をしながら話しました。
2人の思いは、
結局はちゃんと最終的に同じところに着地するのだけど、
そこにいくまでやたらにギザギザしちゃうこともある。
それは高山さんのことばを読んでいて、「それだ!」と閃きました。ふーー!
意味や内容というような、
物事のソフト的な面ばかりに思いが集中して、
ハード的な、言葉とか記号とかの面がおろそかになる。
簡単にいうと、私は何かが抜け落ちている。ボケているのだ。
日々日記1より。
まさに、私自身のことを代弁しているようなこの文章。
これも、あとでもりやんに伝えてみよう。
ソフトとハードという言葉を使ったら、以前よりちゃんともりやんに伝わる気がします。
でもね、高山さんも書いていたけど、
そんなわたしを「また変なことやってる」と
ニヤニヤしながらフォローしてくれる仲間がいるって、本当に嬉しいことだ。
わたしの一番の仲間は、もりやんだ。
わたしは、もりやんといると安心しきりだ。
Three-line diary
- I want to live and work in my own name.
- The sunrise, a soft shoulder, and a small failure reminded me I am simply myself.
- With him beside me, I feel ready to breathe and dive in again.
2026年1月17日(土) すこぶる快晴
今日は撮影の日。
数日前にもりやんと、毎週土曜日をYouTubeの撮影日にしようと決めた。
私はもともと、
出勤日以外の休日に「撮ってみようかな?」
と思ったタイミングでカメラを回そうと思っていた。
でもそのやり方だと、もりやんのタイミングと合わない可能性がある。
自由奔放に感覚で生きるタイプの私と、
事前にタスクを洗い出して一つずつこなしていきたいタイプのもりやん。
どうやって折り合いをつけて、Sushi Coupleとして活動を再開するかが、二人の課題だ。
土曜日を撮影日と決めようと提案したのは、もりやん。
どちらかというと撮影を負担に感じているのかなと思っていたから、
もりやんの提案はとても嬉しかった。
今回新たに決めたルールは、
動画の構成を考えないこと。
投稿のノルマも決めない。
今週撮影したものを来週までに編集しなきゃ、なんて追い込まれないように。
とにかく、できるだけラフに。
日常にただカメラを向けているだけ。
今日はリハビリがてら、再スタートの初日。
何したい?どこ行きたい?も特になく。
でも冷蔵庫が空っぽだったので、自然とスーパーへ行く流れに。
せっかくなら、ちょっと遠出してお気に入りのスーパーへ。
行くまでの道中も撮影する。
最近はもっぱら読書家な二人。
電車は読書にぴったりなのに、バスはすぐ酔ってしまう。
本を閉じて窓の外を眺めながら、ぼんやり考えていた。
いつももりやんと一緒に過ごしているけれど、
今日は特に「一緒にいる」感じがする。
(もりやんに甘えて「もっとずっと一緒にいたいよ〜」と言うと、
「いつも一緒にいるのに?」と冷静な答えが返ってくるけど。)
今日行ったスーパーは、野菜と魚が安くて、しかもクレジットカードが使えるのでお気に入り。
魚の柵が安くて、
メバチマグロのトロ付きとぶりを購入。
今日は手巻き寿司にしよう!と、二人でワクワク。
帰り道の公園では、椿が満開。
梅の蕾もぷっくら。
冬だけど、ちゃんと春へ向かっているよと教えてくれているみたいだった。
外での撮影は、これまで三脚を持参していた。
でも、今日はあえて持っていかなかった。
もっと気楽に外出したいから。
三脚があるだけで荷物になるし、
「撮影している感」が出て、少し疲れてしまう。
私たちは、日常の一部分を切り取っているだけ。
三脚がなければ、
段差やベンチを探して置けばいい。
肩も軽い。
気持ちも軽い。
Three-line diary
- Without the tripod, both my shoulders and heart felt lighter.
- Setting a filming day made us feel freer.
- Letting go of deadlines brought back the joy.
2026年1月16日(金)
夜中のトイレは一回、3時過ぎ。
その後なかなか寝つけず、
何を考えていたのかも覚えていないけれど、
もやもやと考え事をしていたら、もりやんの4時のアラームが鳴った。
一緒に起きようかとも思ったけれど、体はまだ寝ていたいみたい。
右肩はやっぱり凝っている。
外はまだ真っ暗。
スマホのライトを照明代わりに、有元さんの本を数ページ読む。
むくむくと、急に部屋を片付けたい衝動に駆られて起床。
昨日の晩から乾燥機にかけていた衣類を畳む。
筒型のカゴの中身を別のカゴにまとめて、
その筒はポトスのペットボトルカバーに変えた。
サイズは合っていないけれど、
ペットボトル剥き出しよりはいい。
帰り道。
梅が咲いていることに、まず香りで気がついた。
倒れたプランターに負けず、そり返って伸びている力強い梅。
今日は梅が春を告げたみたいに暖かい。
家の梅は成長が遅くて心配だけれど、
よく見ると蕾が少しずつ膨らみ始めている。
がんばれ、私たちの梅。
梅のぽつぽつした蕾は、なんとも可愛らしい。
桜がみんなに認められる絶世の美女だとしたら、
梅はひっそり控えめで可憐な女の子って感じがする。
「春の主役は桜さん。
とっても綺麗で憧れの存在なの。
でも私は目立つのが苦手だから、
気づいてくれる人がいればそれでいいの」
って言ってそうな梅を、つい応援したくなる。
毎年見るたびに、
やっぱり桜は素晴らしいのだけど、
実のところ、私は桜より梅推しです。
Three-line diary
- Even lighthouse-like pain is a message from my body.
- I stretch, breathe, and realign.
- Today, I quietly root for the plum blossom.
2026年1月15日(木)
ここ数日、夜中にトイレで2回は起きる。
1回目はちゃんと出るけど、2回目はあまり出ない。
眠りが浅いのが原因だと思う。
「なんだか行きたいかも?」と「めんどくさい」がせめぎ合って、頭がいっぱいになる。
それに右肩の凝りが気になって、寝姿勢が定まらない。
と言っても6時には起きている。
なので寝不足。
最近、また悩んでいるんだと思う。
それは“小手先のこと”に。
Pisioを形にしたくて発信したいけれど、
Instagramをいざ活用しようとすると、
何を投稿すればいいのか、書くことも写真もわからなくなる。
私の世界2は、
自分だけの世界でマイペースに発信すること。
マイペースにインプットして暮らしを楽しみ、発見し、学び、
それをまたマイペースにアウトプットすること。
正直、やりたいのはこの二つ。
・Sushi coupleとして毎週1回の撮影
・日記をつける → ホームページに載せる
もりやんにサイトを作ってほしいと頼んでみた。
今月から始められたら嬉しい、と。
少し考えていたけれど、「やってみよう」と引き受けてくれた。
ありがとう。
今日は出勤の日。
最近、自分が成長したなと思うこと。
出勤中に職場のことを考えなくなったこと。
本の世界に入ったり、夜ご飯のメニューを考えたり。
自分がニュートラルでいられる感じが、いい感じなのだ。
帰ってから、料理の時間。
有元さんの工夫を真似して、
料理をする前に材料を全部並べてみた。
いつもは慌ただしい調理時間。
今日は落ち着いて、素材と向き合えた。
切り干し大根の煮物。
白菜と残り野菜の白ワイン&オイル煮。
昆布と椎茸だしの味噌汁。
鶏胸肉のステーキ。
砂糖を入れない切り干し大根。
干し椎茸とお揚げの出汁がじんわり染みる。
これが体がほっと喜ぶ味だ。
寝る前、ベッドの上で、
チームへの憧れをしみじみと感じた。
高山さんの日々日記を読んで思う。
こんな上司、こんな職場、いいなぁ。
私は「チーム」に憧れている。
これまでの経験で、
心から“チーム”と言い切れた場所はなかった。
ワンピースみたいな、
それぞれの強みを持ち寄って進むチーム。
いつかそんな場所で働けたら、
そんな環境を提供できたらと妄想している。
Three-line diary
- Today, I gently realign myself.
- Even restless nights carry messages from my body.
- Tension, pain, and words all have their reasons.
2026年1月14日(水) 快晴
出勤の日。
空を見ながら駅に向かった。
尾長鳥と、くちばしがオレンジ色のぷっくりした鳥が、
屋根や電信柱にチュンチュン言いながら止まっていた。
都内でも、カラスと鳩とスズメ以外にちゃんといるんだ〜。
今日は、気持ち的にすごく疲れた。
事実と伝えたいことを伝えるために、
こう言ったら失礼かな、上から目線じゃないかな、と
ぐちゃぐちゃ考えてしまう。
(苦い思い出を脳が思い出そうとして、こうなる。
私の手放したい一面でもあり、丁寧な一面でもあると思う。)
でも、よく頑張ったなと思う。
よくやってるよって。
AIのおかげで、ぐちゃぐちゃはだいぶコンパクトになった。
頭が混乱していても、いつも同じ温度で聞いてくれる相手がいるっていいなぁ。
あぁ、いい時代だ。
そんなことを考えながら、
帰り道の電車の中で、少しずつ元気を回復する。
隅田川の上を走るこの景色は、
何があっても手を止めて眺めようと決めたのだ。
私が思いついた自宅で開催するワークショップ。
アイデアのときはワクワクしていたのに、
形にしようとすると
「あれもやらなきゃ」「これも必要」と
“すべき”が出てきて、急に元気がなくなる。
何がやりたいんだっけ?
向いてないのかも?と、しょんぼりする。
答えをスマホの中に求めるのも、いつもの癖。
でも違う、違う。
それに気づけるのは、成長した証。
答えはスマホの中にはない。
本当はもう知っている。
自分の中に、やりたいことはちゃんと詰まっている。
「やらなきゃ」「すべき」を手放したときに
見えてくるものが、それなんだと思う。
私は完璧じゃない。
いい時もあれば、
調子が悪い日もある。
良いとわかっていることから、
つい逸れてしまうこともある。
有元さんの本で読んだ。
ダイエットの本当の意味は「日常」。
揺れ動く日常そのもの。
健康のために、ちゃんとした食事をすること。
それは一生続けるもの。
体にいいものを美味しいと思える体づくり、
味覚づくりが本当は大切なんじゃないの?という問いかけ。
晩ごはん。
白菜と玉ねぎ、豚肉の白ワイン蒸し。
(味付けは肉に混ぜた塩麹だけ。これが激うま。スープまで飲み干した。)
お稲荷さんの納豆包み。
煮干しと蕪ともずくのスープ。
Three-line diary
- Today, I let go of “should” again.
- Even my messy thoughts are part of my care.
- When I return to my true alignment, I wobble.
2026年1月13日(火)静かな快晴
私のお腹の調子がまた悪い。
外食が1週間に2回あったし、
いただいた美味しいチョコレートをバクバクと止めどなく食べてしまい
食生活を乱れさせてしまったからだと思う。
そんな状況でも(だからこそ?)
有元さんの本を読んでいたら、
野菜をたっぷり食べる和食の生活を送りたい気分になった。
米油は抗酸化作用が強いらしい。
でも製品によって違いがあるみたいだから、忘れないようにメモ。
ビタミンE、γオリザノール、トコトリエノール。
この3つの数値が高い商品を選ぼう。
朝、出勤前に煮干しと椎茸と昆布の水出しを準備した。
帰ったらすぐに使えるように。
白菜があるから煮浸しをやってみようか。
小さな蕪もある。
甘辛いきつねさんも作ろうかな。
そんなことを考えている時間が楽しい。
何かを探してもがいているけれど、
もがいている自分にどこか安心感を得て、
「今」の余裕や自由に背を向ける。
そうやってがむしゃらに何かをやるのは、なんか違う。
気づくと眉間に皺を寄せて、
時間がない、ないって思っている自分がいる。
でも、そうじゃない。
なりたい私は、そうじゃない。
世界2を、
「今」を生きることを体感したら、
自然とそうなるんだと信じ始めている。
きっと、そうなんだ。
世界2で生きよう、今。
帰宅後、電気をつけずに『北欧、暮らしの道具店』のYouTubeを見た。
電気をつけずにが私の中のマイブームだ。
『アサッテノモノサシ』、内田さんの回。
内田さんが母親の樹木希林さんに言われたこと。
「夕日だけは、どんなことをしていても手を止めて見なさい。」
夕日が沈んでいく時間を、じっくり味わいなさい、と。
うちのベランダは西向きじゃないから夕日は見えない。
でも目の前の小さな公園と、
西日に照らされた木々を見ていると、日の暮れを感じられる。
家に帰ったら、
この贅沢な「経過」を味わう時間を過ごそう。
せかせかしなくていい。
私は夕暮れや西日がすごく好き。
ほっとした時間が流れているのが好き。
好きをいっぱい味わう人生がいい。
だって私は、
私の人生を生きるのが初めてなんだから。
私の好きを無視して、いいことなんてない。
家に人を呼んで、
気のおけない友人たちと互いのワクワクを共有する。
私が知識や経験をシェアして、
その人からも言葉や生活や考え方をたくさんもらう。
そして、そんな時間があったよって
Sushiカップルのファンの人に報告する。
そうやって巡っていく関係って、
とても素敵だなと思った。
あ、そういえば、
帰宅したら、ニキビが3つできていました。
自然なごはんを食べたいと思っていたけど、
体の方が先に教えてくれていたみたい。
冷蔵庫に白菜、残りかけのキャベツ、
蕪、にんじん、忘れていたピーマン。
白菜とキャベツのオイル蒸し。
キャベツと煮干しのお吸い物は、明日味をつけて食べよう。
蕪の皮を厚めに切って、
にんじんとピーマンでピリ辛きんぴら。
ラー油を少し入れたら、結構美味しい。
オイル蒸しは満足感があるのに、
お腹は余裕がある感じ。
それが、うれしい。
Three-line diary
- Today, I chose what I truly like.
- My body speaks before my mind understands.
- The sunset doesn’t rush — neither should I.
2026年1月12日(月)静かな快晴
風が穏やかな日。
昨日と違って空気はひんやり冷たい。
昨日までの風は、冬本来の冷気を運んできたみたい。
9時から、もりやんとのミーティング。
ついにSushiカップルの活動、再始動!
もりやんが「週一で撮影日にしよう」と提案してくれたのが、すごく嬉しかった。
毎週土曜日はカメラを回す日。
世界2としてやりたいことを過ごす日にする。
動画をストックして、それらを組み合わせて、
私がカット編集、字幕、言語追加。
私のペースで暮らしながら、生きる人としてYouTubeを仕事にする。
Sushiカップルとして、もう一つ。
東京に旅行に来た時に「会いたい」と声をかけてくれるファンの方が多い。
私たちも、彼らと会い、過ごす時間が本当に楽しい。
お互いに好きと感謝でいっぱいだから、
毎回どなたと会っても、とても楽しい時間になる。
せっかく向こうから訪ねてくれるのなら、
これまで通りカフェで過ごす以外にも、
食事をふるまったり、
旅で疲れた体に施術サービスをしたり、
観光案内をしたり。
自分たちに「できること」をたくさんトライして、おもてなしができたらいいね。
そんな話で盛り上がった。
私たちのワクワクすることをもっと話そう。
二人でアイデアを共有していこう。
もう一つは、Pisio。
InstagramのDMで一人でも連絡が来るように、
「何をしようとしている人なのか」「何ができる人なのか」が
伝わる投稿をしていく。
決めたこと。
2月1日(日)に、
もりやんを初めてのPisioのお客さんとして体験会を行うこと。
それまでにワークショップの内容を考え、形にすること。
もりやんの体験会までに、ヨガマットを買わなきゃ。
今はChatGPTを使えば、それなりの資料はすぐ作れる。
今日はほぼ、もりやん体験会に向けた資料づくりに励んだ。
「どういう資料をもらえたら嬉しいかな?」と考えながら。
やりながら、いくつかアイデアも出てきた。
気づいたら4時。
お腹はあまり空いていない。
でもお腹の調子はあまりよくなく、オナラが臭い。
もりやんを散歩に誘ったら、
本を返したいと言うので図書館まで歩いた。
なんだかピリピリしている自分がいる。
頑張っているのに、
もっと、もっと。
まだ足りない。
ざざざーっと波が押し寄せてくる感じ。
ミクロとマクロ。
昨日の、あのワクワク。
アイデアがポンポン出て「未来は明るいね」となっていた時は、
きっとマクロで物事を見ていた。
でも、いざ形にしようと一つ一つのタスクに取り掛かると、
気づかぬうちに窮屈で、追い詰められている感覚になることがある。
ミクロになりすぎて、
本来のワクワクを忘れてしまう。
作業に没頭していると、
お昼を作るのも面倒になる。
適当に済ませて、
市販のお菓子をパクパク。
だからお腹の調子が悪いんだ。
あれ?
私って、こういう生活を望んでいるんだっけ?
違う、違う。
Three-line diary
- I noticed it today, so I’m still on the right path.
- Excitement lives in the big picture.
- Pressure appears when I zoom in too much.
2026年1月11日(日)曇り 風が強い
部屋から見る外は、朝なのに薄暗くてとても寒そう。
だけど、見た目のわりにそんなに寒くない。12℃。
昨日あたりから、また4時ごろに目が覚めるようになった。
目が覚めたらすぐアファメーションの動画をかけて、5時前にはベッドから起きる。
今日は、有元さんの本に感化されて、
キッチン周りの整理をもう一度やってみようと思った。
キッチンツールを引き出しにババっと入れていたけれど、
以前のように竹筒に立てかけることにした。
しまうのも使うのも、こっちのほうがいい気がする。
もう一つ真似したかったのは、
台所の上にできるだけ物を置かないこと。
上の棚を水切りに使っているけれど、
ここにも基本は物を置かないほうがいい。
そうすれば、食器を洗ったときにバンバン置ける。
でも、有元さんのキッチンとは広さも使い勝手も違う。
全部をそのまま真似しようとすると、
どこかで歯車が合わなくなる。
やっぱり、言われた通りにするだけじゃなくて、
今の私のキッチンの中で、どうしたらより快適になるかを
自分の頭で考えて工夫しないといけないんだなと思った。
やってみると、
「ここはこうしたらもっと良くなるな」とか
「これ欲しいと思ってたけど、今あるもので代用できるな」とか、
いろいろ見えてくる。
何でもかんでも新しく買うんじゃなくて、
本当に必要なものが見えてくるのが面白い。
午後から水道橋に用事があったので、
ランチはお茶の水でとることにした。
文京区にあるお気に入りの油そばのお店へ。
タレは相変わらず美味しかった。
餃子も好きでいつも頼んでいたけれど、
このご時世の影響か、皮が市販の薄いものに変わっていて少し残念だった。
3月に来たときはまだ前のままだったのにな。
そのあと、歩いて水道橋へ。
来月参加しようと思っている
ヒーリングマルシェの下見に来た。
もりやんと二人で独立するために、
一緒に形にしようとしているPisio。
一人でもお客さんがつけば、
私の施術や雰囲気を気に入ってくれる人はいると
二人で確信している。
でも、その最初の一人が
どうやったら来てくれるのか。
それを考えて、参加を決めた。
でも実際に行ってみると、
なんだか思っていたのと違った。
「うーん、これは違うね」と二人で帰ることに。
でも、“違う”と気づいたことで、
「こういうのはどう?」
「ああいうのは?」
と、二人の中から新しいアイデアが出てきた。
どれもワクワクするものだった。
結果、
行ってみてよかったね、となった。
そのアイデアは、
もう少し行動して手応えを感じてからここに書くことにする。
今は、言葉にするよりも
行動が先。
停滞しているときこそ、
重い一歩を踏み出すと見えてくるものがある。
二人でそう納得しながら帰った。
今日は春みたいに暖かくて、
浅草橋から自宅まで歩いて帰った。
帰り道、「ご自由にどうぞ」と書かれた箱を見つけた。
中には食器などが入っていた。
そのまま食卓にも出せそうなゴマすり機とマドラー、
小さなホーローの容器をもらって帰ってきた。
なんだか、とても気分がいい。
1000人フォロワーを達成した頃の自分を振り返ってみた。
あのときは、
誰かの真似をしながら、
何が本当にやりたいことなのかもよくわからず、
必死に投稿していた。
でも、その甲斐あってか、DMから2人のお客さんを獲得していた。
一人は、解剖学を勉強したいインストラクター志望の方。
もう一人は、モニター価格に惹かれたモデル志望の若い子。
あの頃の私は、
ちゃんと「一人目」を掴んでいた。
理学療法士という専門性と、
低価格で体験できることが
魅力だったのかもしれない。
理由はどうあれ、
私が何を発信している人なのかが伝わって、
その人の悩みにマッチすれば、人は来る。
有名かどうかなんて関係ない。
あの頃はチャンスを掴みきれなかったけれど、
今の私にとっては、
「一人目は来る」という証明になった。
とにかく、やってみよう。
今日、
勇気を出して下見に行った。
結果、「違う」と気づいた。
でもその違和感が、
次の一歩のヒントになった。
暮らしの小さな出来事も全部含めて、
とても晴れやかな一日だった。
Three-line diary
- I went out looking for answers and found a “no.”
- That discomfort became a clue for the next step.
- I am moving forward, quietly but surely.
2026年1月10日(土)快晴、強風
昨日、もりやんが帰ってきて、
私が声をかける前にこう言った。
「やっぱり前の会社に戻るのはやめる。
それじゃ意味がないと思うから。」
仕事中、いろいろ考えていたみたい。
私は勝手に、
もりやんは私より気弱で、小心者で、
どうしたらいいかばかり考えてしまう人なんだと思っていた。
でも違った。
やっぱり、信じるって大事だなと思った。
もりやんは自分で考えて、
答えを導き出そうとしていたんだ。
二人でまた同じ方向を向けたことが、
とても嬉しかった。
昨日の夜ごはんは、
トッポギのタレをごはんにかけて、
ごま、海苔をたっぷり、卵黄をのせて混ぜて食べた。
これを食べるために、
またトッポギを作りたいと思うくらい美味しかった。
今朝はもりやんとミーティング。
昨日の夜、
「暮らしのエッセイストになりたい」と思ったことを伝えた。
“暮らしのエッセイスト”という肩書きが生まれたのも、
ちょっと嬉しかった。
「何やっているの?」と聞かれて、
理学療法士と答えるのは簡単だし、相手も理解しやすい。
でもそれは、私の一部であって、すべてじゃない。
肩書きはわかりやすいけど、
ずっとどこかで違和感があった。
本音は、
「何になりたい」ではなく
「どう生きたいか」。
でも、肩書きがないと
ホワホワしたものをうまく表現できない。
だから、
それらを包む“枠”が欲しかった。
北欧暮らしの道具店のYouTubeを観ていて、
その回に登場していた方が名乗っていたのが
「暮らしのエッセイスト」。
その言葉にビビビっときた。
暮らしも、研究も、旅先も。
生き方そのものを記録していく。
それが自分にとって楽しくて、
それを楽しんでくれる人がいる生き方。
私が求めてきた像に、ぴたりと重なった。
近い将来、
「私は暮らしのエッセイストです」と語る私。
そのために今できることは、
ひたすら記録を重ねること。
いつか誰かが見てくれる場所に、
丁寧に積み上げておきたい。
その土台となる場所を、
もりやんが作ってくれることになった。
最近読んでいる、有元葉子さんのエッセイ。
暮らしの余白がとても美しい。
私は理学療法士として、大学時代を含めて14年。
この業界も情報で溢れている。
利用者さんからも、
「何回やればいい?」「何秒?」「どんな運動がいい?」と聞かれる。
でも、なんだかそういうことじゃないと思う。
根本は、
ヒトの体の構造。
骨格、筋肉、関節。
そして、自分の体を通して体感すること。
有元さんの料理も、
一見おしゃれで手が込んで見えるけれど、
実はとてもシンプルなんだと知った。
「勝手がわかれば簡単なのよ」と、
体で教えてくれている気がする。
目の前の食材を観察すること。
分量よりも、
状態をよく見ること。
自分の目で見て、耳で聞いて、香りを嗅いで、
五感で感じながら、
「こうしてみよう」と決める。
そのプロセスこそが大事。
私もストレッチで
「何秒?何回?」と聞かれる。
でも本当に大事なのは、
じんわり伸びる感覚や、
昨日との違いに気づくこと。
数字じゃない。
「やらなきゃ」になった瞬間、
もう楽しくない。
体からのフィードバックを感じること。
それが本当のケアだと思う。
ドラマ「僕の歩く道」を見終わった。
草彅くん演じる輝明くんが、とても良かった。
誰の中にもある、
透明でツルっとした、
でも傷つきやすくて繊細な部分。
その部分に触れたとき、
人は自分に問いかける。
「私はどう歩みたいのか」
輝明くんだけでなく、
周りのみんなも巻き込まれて、
それぞれが自分の“ツルっとした部分”を
大切に歩き始める。
それがとてもよかった。
Three-line diary
- I begin living as a lifestyle essayist.
- Trust brought us back to the same direction.
- I choose feeling over numbers.
2026年1月9日(金)
昨日、もりやんが「以前勤務していた会社に戻りたくなっちゃった」と言った。
それに反応して、
「そんなのよくないよ」「世界1でずっといたいの?」と、
私はワーワー言ってしまった。
言ったあとで思った。
あのとき、
もりやんがどうしてそう思ったのか、
どんなことで悩んでいるのか、
ちゃんと聞いていなかった。
ただ、「それじゃ困る」と
一方的に責めてしまった。
もりやんは、自信をなかなか持てない。
私よりも繊細で、
現実をしっかり見るからこそ、ブレーキがかかりやすい。
そんなふうに頭の中で分析していたけれど、
本当は彼に問題があるわけじゃない。
もりやんの「自信」という土台が揺らぐと、
うまく回らなくなるように、
私もまた、
「自由と余裕」という自分の土台が揺らいでいた。
心の隅に不安を抱えていたところに、
あの話を聞いて、
過敏に反応してしまったんだと思う。
やっぱり、
私の状態が不安定だったからだ。
だけど、ちゃんと伝えたいことはある。
でも、それを言うと
どこか責めているような言い方になってしまう。
結局、相手を萎縮させたり、
不機嫌にさせてしまうんじゃないかと思って、
Gさん(ChatGPT)に相談した。
私の前提ともりやんの前提にズレがある。
二人でやっていくなら、
その異なる前提(価値観)を踏まえて、
どう折り合いをつけていくかを話し合うこと。
Gさん、なかなかいいアドバイスをくれますね。
正直、
物事の捉え方や進め方は、
正反対の二人なんだと思う。
でも、
どっちがいい・悪いではなく、
それは個性。
私がこうしていきたいと思うことと、
もりやんのやりたいこと。
そのバランスをどう保つか。
どう関わってもらうのが、
もりやんにとって無理がないのか。
今は、
冷静に、落ち着いて、
やさしい気持ちで考えられそうです。
Three-line diary
- I can speak gently now. That’s enough.
- Before changing him, I steady myself.
- Opposites are not enemies — they’re character.
2026年1月8日(木)晴れ曇り
Sushi Coupleのファンで、
去年から会いたいと言ってくれていた同世代のカップルに、ついに会うことができた。
向こうの文化をたくさん教えてもらい、
たくさん笑って、とてもあたたかい夜の時間だった。
もりやんも同じだったみたいで、
本当に楽しそうだった。
朝は少し違った。
お互いに不安がいっぱいなのに、
うまく伝え合えなくて、
思いを溜め込んだまま外に出てしまった。
でも、あの朝の重たい空気が嘘みたいに、
二人とも笑顔が溢れていた。
これが、世界2で生きるってことだよね、と思った。
もりやんは、生活費をとても気にしてくれている。
世界2へ行くには、最低限の体力と資金が必要だから。
貯金も尽きて、今月から短期バイトを始めた。
でも、それは自分のやりたいことでも楽しいことでもない。
だからこそ、不安や苦痛が募るのもわかる。
元の会社から「非常勤でもいいから戻ってきてほしい」と言われていて、
そこなら英語も使えるし、と心はそちらに傾いているみたい。
でも、私の心配は別のところにある。
会社に戻ることで、
またそっちに心と体力と熱量が注がれてしまって、
せっかくSushi Coupleとして出会えた人たちとの繋がりが、
薄れてしまうのではないかという不安。
もりやんは
「YouTubeはどれくらい稼げるかわからないし、
お金を気にして“投稿しなきゃ”“編集しなきゃ”になるのが嫌だ」と言う。
だから、せっかく繋がった縁を簡単に切ってしまいそうで怖い。
でも、今日の帰り道に
「今日会った人たちの役に立てるような仕事がしたいな」ともりやんは言っていた。
英語の勉強だってそうだ。もりやんは海外の人と繋がりたいんだ。
Sushi Coupleとして活動してきたからこそ、
いろんな国の人から「会いたい」と言われている。
それなのに、目の前の不安だけを見て、
やめてしまうの?
(もりやんは、すずちゃんが続ければいいと思っているようだけど、
“二人だからいい”ってこと、わかってないの?と思ってしまう。)
もりやんは
「将来叶えたいことがあるから、今の生活を安定させたい」と思っている。
私は
「今この瞬間に将来の生き方を体現すること以外に、
その未来は来ない」と思っている。
きっとどっちも間違ってなんかない。
だから私は、
YouTubeを再開することと、
自分の内省をひたすら記録し続けること。
最低限の生活費は必要。
私は週3で働いているし、
もりやんも短期バイトを始めた。
二人でPisioを形にしようと動き始めてじゃないか。
あとは、辛抱強く、回転させていくだけじゃないの?
そう思っていた気持ちが、
今日は爆発した。
Three-line diary
- We came this far because we are two.
- We carry fears, yet we still laugh.
- World 2 lives in today’s choices, not someday.
2026年1月7日(水)曇り晴れ
出勤の日。
昨日、所長に3月から週3日勤務にしたいと伝えたら、
「えーもういっぱいスケジュール入れちゃったよー」と言われた。
私はすみませんともそうなんですねとも反応できず、
その後所長から何曜日?という質問に「水曜日だとありがたいです」とだけ答えた。
言った。
ちゃんと言った。
だから今よりも確実に世界1の時間は減って世界2として生きる時間が増える。
よくやった。
この日はとーても寒くて、
昨日ワークマンで買ったシャカシャカズボンが大変に役にたって、昨日の自分に感謝した。
帰宅中、なんだが風邪をひきそうな気がして、なんとなく気分も下を向いて歩いてしまう。
ふと空を見上げたら雲が晴れて青空が見えた。
その時に、あっ、と気づいた。
いま頭の中のモヤモヤの中にいたけど、
目の前の帰り道の風景はいつもと通り静かで穏やかだった。
それに曇りだった空は優しい水色に変わっていた。
なんだかとっても心地いい場所にいる気がした。あ、これが選択するってことかと思った。
頭の中のモヤモヤに住み続けることもできた。
私が気がつかなくてもこのきれいな空はある。
だけど、この空を目にした私はとても穏やかだ。
いつもの帰り道が私に優しくおかえりって言ってくれているような気がした。
家に着いたらなんだか涙が出そうになった。
もうこの家は私にとって世界2なんだ。
とても温かい。
思わずただいまって言った。1人だけど。
壁にも照明にも、植物にも、みんなにありがとうって言った。
全部ぎゅーってしたい気持ちだった。
2026年1月7日(水)曇り晴れ
出勤の日。
昨日、所長に
「3月から週3日勤務にしたい」と伝えた。
「えー、もういっぱいスケジュール入れちゃったよー」と言われた。
私は「すみません」とも「そうなんですね」とも言えず、
ただ、その後の「何曜日?」という質問に
「水曜日だとありがたいです」とだけ答えた。
言った。
ちゃんと言った。
だから今よりも確実に、
世界1の時間は減って、
世界2として生きる時間が増える。
よくやった。
この日はとても寒くて、
昨日ワークマンで買ったシャカシャカズボンが大変に役に立った。
昨日の自分に感謝。
帰宅中、なんだか風邪をひきそうな気がして、
気分も下を向いたまま歩いていた。
ふと空を見上げたら、
雲が晴れて青空が見えた。
その瞬間、
あ、今まで頭の中のモヤモヤの中にいたんだ、と気づいた。
目の前の帰り道の風景は、いつもと変わらない。
曇りだった空は、やさしい水色になっていた。
なんだか、とても心地いい場所にいる気がした。
あ、これが「選択する」ってことか、と思った。
頭の中のモヤモヤに住み続けることもできた。
私が気づかなくても、このきれいな空はある。
この空を見た私は、とても穏やかだった。
いつもの帰り道が、
「おかえり」と優しく言ってくれているような気がした。
家に着いたら、なんだか涙が出そうになった。
もうこの家は、私にとって世界2なんだ。
とても温かい。
思わず「ただいま」と言った。
1人だけど。
壁にも、照明にも、植物にも、
みんなに「ありがとう」と言った。
全部、ぎゅーってしたい気持ちだった。
Three-line diary
- This home is already my World 2.
- I said it. That alone means I’m moving forward.
- Outside the fog in my head, the sky was clear.
2026年1月6日(火)快晴
出勤の日。1日目。
もりやんが、ゆで卵とサバを焼いて、
ご飯もチンしてくれている。
私は温めたご飯にサバを包んで、おにぎりにする。
今日から、もりやんのおにぎりも。
もりやんも、2ヶ月間、生活費のために区役所でアルバイト。
通勤の道は、いつもと変わらない。
電車も、考えなくても自然と乗り換えられる。
さくらももこの本を読んでいると、
職場のことを考える暇もなく没頭できる。
これからも、通勤の相棒にしたい。
お昼の時間、ふと、
今まで、1分1秒も無駄にしたくないと
切り詰めて焦って過ごしていたな、と
これまでのお昼の過ごし方を振り返った。
出勤している日だって、
今この瞬間は私の人生。
私が選択できる時間。
何を急いでいたんだろう。
私は、本当にそうやって過ごしたかったの?
自問自答しながら、
焦ることも急ぐことも、何も必要ないと
本当は知っていた。
お昼は、ホッと一息つきたい。
心地よい音楽を聴くのもいい。
穏やかな気持ちになる動画を見るのもいい。
自分の「したい」を
いつでも、どこでも選べるって、
こういうことかと、少しわかった。
日常の中のふとした幸せは、
「出勤」している今だって、感じられるのかな。
それは何かな。
何かな。
このゆで卵、
もりやんが温めてくれたんだ。
このおにぎりも、
もりやんが準備してくれて、
それを私が握った。
もりやんが自然とやってくれたことが、
今、こうして私のいつものお昼ごはんになっている。
もりやんも今頃、お昼ごはんかな。
今日からしばらくは、
同じものを、離れた場所で食べているんだね。
出し殻で作った昆布と鰹節の佃煮を、
もりやんのおにぎりにも混ぜた。
気に入ってくれているといいな。
Three-line diary
- Even a workday is still my life.
- I don’t have to rush — I can choose this moment.
- We’re eating the same rice balls, just in different places.
2026年1月5日(月) 雲が多い晴れ
最近、起きた時の体のバキバキ感がすごい。
実は最近ずっと気になっていること。(特に右肩)
布団と枕が合っていないのかな、とか思ったり。
ふと、
「そういえば最近、仰向けや横向きの姿勢を
ピシッと姿勢を整えて寝るようにしていたな」
と思い出した。
それが逆に原因だったりする?
という考えが浮かんだ。
寝ていても、
姿勢が崩れていることに気づくと、
モソモソと直していたし、
それが最近、
目が覚めやすい原因だったのかもしれない。
寝る時まで「良い姿勢」に正そうとするのは、
かえって良くなかったのかも。
自由に、
グデーっと体が伸びたいように、
動きたいように任せるほうが自然なのかもしれない。
横向きは芋虫みたいだし、
仰向けは足癖が悪い。
でも、
とっても力が抜けて、
「楽〜」と感じた。
そのせいか、
今日は起きた時のバキバキ感が
少し和らいだ?気がした。
私みたいに、
寝る時まで「良い姿勢」に正そうとしている人は
少ないと思うけど、
起きた直後に体の疲れを感じる人は、
もしかしたら「寝相が良い人」なのかもしれないな、
と思った。
リハビリの現場で、
「寝相はいいんです」
「姿勢はすごくいいんです」
と、少し自慢げに話される方がいるけれど、
そういう人の悩みは、
体が硬い、
腰や首が痛い、
ということが多い。
いわゆる「良い姿勢」は、
背骨がストレートすぎて、
本来あるはずの自然な湾曲が
なくなっていることも多い。
そういう人は、
背骨を曲げたり伸ばしたり、捻る動きがとても苦手で、
寝返りも苦手になっていることが多いように思う。
寝相がいい=
ずっと同じ姿勢をとり続けている
だとしたら、
寝返りができていないのかもしれない。
寝返りは、
圧を分散したり、
寝ている間に体に負担をかけないために
自然に起こるもの。
だから、
寝相がいい人が朝起きて体がバキバキなのは、
すごく納得がいく。
私はそれを、
自分であえてやってしまっていたのかも。
芋虫みたいな姿勢も、
足癖の悪さも、
体が柔軟な証拠なんだな。
巷では、
筋トレ、美姿勢が正解みたいに言われるけど、
やっぱり、
答えは自分の体が知っているんだと思った。
人間の体って、綺麗な見た目を作るためじゃなくて、
やっぱり「動く」、「動ける」
そのために適した作りになっているのかなって思いました。
図書館へ行き、
『日々ごはん5』と
有元さんの本を3冊借りてきた。
私は、レシピそのものよりも
その人の考え方や、
どんな人生を生きてきたのかを
垣間見れる本が好きみたい。
今日のごはん
お昼ご飯
・キャベツ、白菜、豚肉、アサリの酒蒸し
(醤油+オイスターソース)
・野菜たっぷり味噌汁
(白菜、えのき、なめこ、にんじん)
・雑穀米
晩ご飯
・温豆腐にカレーをかけたもの
(麻婆豆腐みたいで美味しかった)
・小松菜と牛蒡の生姜醤油炒め
Three-line diary
- Letting go of “good posture” helped my body relax.
- A messy sleeping position might mean freedom.
- My body always knows the answer.
2026年1月4日(日)
昨日の散歩は、もりやんの提案で近所の銭湯に行くことにした。
ちょうど15時からオープンだったよう。
私たちは15時半に到着。
「16時半に受付集合ね」と約束して、
男湯と女湯に分かれた。
女湯にはすでに5〜6人のお客さんがいた。
新年の挨拶を交わしている人もいて、
ここでつながったコミュニティがあるみたい。
これが裸の付き合い、ってやつだ。
体を洗ってから、誰も入っていないお風呂に入る。
この日は「ヒバの香り」と書いてあった。
大きなネットの中にヒバが入っていて、
ぷかぷか浮いている。
とてもナチュラルな香りで
森林浴しているような、いい匂いだった。
最初は段差の上に座って過ごしてみたけれど、
せっかくなら全身使ってみようと思い、
一人ではちょっと広い湯船の真ん中に座って、
首まで体を沈めてみた。
体の中に溜まっていたものが、
湯気と一緒に全部浄化されていく感じ。
力を抜くと、ぷかっと体が浮く。
まさに「極楽〜」と言いたくなる。
この感覚は幸せを超えて、
ほんとうに極楽。
脳みその中も、ふわ〜っと天に昇っていく感じがする。
楽しくなってきて、
次に隣のジェットバス。
そこから深くて熱いお風呂へ。
そのあと、一番楽しみにしていた露天風呂へ行った。
いつも人気なのに、その日は誰もいなかった。
入ってみてわかった。
ここはもともとぬるめだけど、
真冬、しかも雪が降った翌日には、さすがにぬるすぎる。
でも誰もいないし、広いから、
やっぱりバタ足はしてしまった。
体が少し冷えたので、
もう一度、あつーいお風呂に浸かる。
しっかり温まったところで、脱衣所へ。
もりやんが以前、
「熱い風呂に入って、脱衣所のベンチで素っ裸で休憩するのが極楽」
と言っていたのを思い出して、それをやってみたかった。
パラソルの下にありそうなプラスチック椅子は冷たいので、
持っていたタオルを敷いて座る。
芯から温まった体から、
ゆっくりと熱が放たれていく。
ふわ〜っと涼しくて、
さっきまで寒かった脱衣所が、
自然のクーラーみたいに感じられた。
ぼーっとする時間は、少し手持ちぶさたにも感じるけど、
スマホをいじるのは邪道だと思った。
SNSなんてもってのほか。
脱衣所に流れている音楽を、
目を閉じて聞くのもいいし、
読書なんかしてもいいなと思った。
素っ裸で。
約束の時間にぴったり出るには……と、
ぼーっとした頭を最小のエネルギーで逆算して、
あと15分は自由に過ごすことにした。
もう一ラウンド、
すべてのお風呂を回った。
もりやんは5分前に出てきていたみたい。
裸足で過ごしていて、
相当温まった様子だった。
帰り道、
「500円で味わった極楽」について二人で話す。
今この瞬間が幸せ、
それ以外に大切なことってあるのかな、と。
銭湯に行くまで、
二人とも、なんとなく将来への不安を抱えていた。
でも銭湯に行ったことで、
今この瞬間が幸せだと、
自然に(半ば強制的に?)思えた。
過去でも未来でもなく、
「今」にフォーカスできる思考に変わっていた。
私たちは「今」明るいんだ。
そういえば、女湯で思ったこと。
女湯は、アニメとかで男の子がちょっとエッチな想像をするような雰囲気とは、
ちっとも違う気がした。
素っ裸の女体がうろうろしているだけ。
そこにいるのは「女性」というより、
生物学的にメスの体をした人間、という感じ。
おっさんみたいなおばちゃんもいる。
みんな、銭湯では素が出るんだと思う。
でも他人同士だから、
自分の素でいても恥ずかしくない。
干渉せず、
それぞれの個が、同じ空間を静かに共有している。
女の体って、弛むんだなと思った。
お尻も、胸も、お腹も。
ふくらはぎが、かっこいいおばちゃんもいるけど、
この3つはみんな垂れている。
ぱっと見細身でも、
お腹だけぽてっとしていたり。
ダイエットサプリのCMに出られそうな、
満点のお腹だ。
やっぱり、お腹のコアが抜けると、
重力に抗う筋肉が働きづらい姿勢になって、
胸もお尻も弛むのだろうか。
お腹のコアって本当に大事だけど、
ほとんどの人がうまく使えていない
人間の機能なんだな、と思った。
銭湯に行くと、
いつもは嫌厭しがちな体重計につい乗ってしまう。
体重は予想通り、
56.9kg。
太り気味ですと真正面から言われてズーンとした気分。
古い銭湯だから、
来ている人は高齢の方が多く、
若くても私と同世代か、それより上のお姉さまたち。
だから自分の体が、
一番張りがあっていいな、と
ちょっと得意になっていたけど。
ギュンっと引き寄せられて、
自分自身をちゃんと見なさいと
静かに真顔で注意を受けているような気持ちになりました。
午前中、もりやんは英語の勉強。
資格を持っていなかったので、
改めて準1級を取ることに決めたらしい。
私はというと、
「好きなことを気ままに」と心と対話した結果、
キッチン周りの模様替えを始めた。
キッチン横の小さなスペースを、
ずっと有効活用したいと思っていたから。
理想は鮮明にあるけど、
今あるものでなんとかするしかない。
垢抜けなさは満載だけど、
自分でやってみると、案外気に入ってしまう。
昔からDIYや手芸、
自分で何かを作り出せる人に憧れていた。
模様替えは「ごっこ遊び」ができて、楽しい。
テスト前に模様替えを始めるタイプです。
棚を設置した結果、
そこに置いていたゴミ箱の位置を変える必要が出た。
もりやんが
「導線がどうの」とか「捨てづらい」と言い始めて、
喧嘩になった。
模様替え=私が楽しいこと、
それを否定されたように感じたから。
もりやんはそんなつもりはなく、
私が不機嫌になったことに驚いて、
気まずそうだった。
もりやんは言い合いが苦手。
私はモヤモヤを抱えられないから、話し合いたい。
喧嘩ではなく、議論。
落ち着いて、
伝えたいことを全部話した。
もりやんが
「そうだね、そうしよう」と言ってくれて、
この議題はお互い納得のもと、ディール成立。
私たちは握手して仲直りする。
ちなみにゴミ箱問題は、
昔使っていた車輪付きのかごを復活させて解決。
ゴミ箱感も減るし、
どこへでも移動できて、なかなか良い。
午後は、昨日できなかったチーズケーキ……の予定だったけど、
バナナが限界だったので、バナナケーキに変更。
チーズはまた今度。
材料を一度机に並べてみると、
意外とシンプルで気に入った。
お菓子作りって大変、と思い込んでいたけど、
材料は使い回せるし、
やってみると案外簡単で面白い。
分量や混ぜ具合で食感が変わるのも不思議。
オーブンで焼いている時の香りは、
幸せの香りだ。
米粉を使ったせいか、
思った食感と少し違った。
次は水分量を増やして、
もう一度トライしてみよう。
夕方は、もりやんと散歩。
「今日はいつもと違うルートがいいね」と、
前から気になっていたパン屋さんへ向かった。
Googleでは営業中らしかったけど、
年末年始休業だった。
隣のスーパーでおやつを買って帰る。
昔ながらの静かなスーパー。
もりやんはカステラが好き。
特にザラメ入り。
裏を見て
「あ、これザラメって書いてある!」と嬉しそう。
大きな切れ端のカステラを半分ずつ頬張りながら帰る。
すごく甘い。
砂糖100gくらい使われてるんじゃないかと思うほど。
最近お菓子を作っているから、
砂糖量が想像できて、ちょっと怖い。
寝る前の談笑タイム。
もりやんが
「10日前と今、何か変わりましたか?」と聞いてきた。
私は、変わったと思う。
10日前は、この10日間が夢みたいだと期待していて、
後悔なく過ごそうと意気込んでいた。
でも3日くらい経つと、
この天国が一日一日減っていくようで、
焦りと寂しさが募った。
今は違う。
一日一日、失っているんじゃなくて、
進んでいると思える。
10日過ぎた=終わった、ではなく、
それだけ進んだ、ということ。
明日からまた会社員の私が始まる。
でもそれは世界2に行くためのプロセス。
戻ったんじゃなくて、
積み重ねているんだと思えるようになった。
母からLINE。
「今年が、もりやんとすずちゃんの飛躍の年になりますように」
よしっ!!
Three-line diary
- A public bath brought me back to the present moment.
- Bliss can be found closer than we think.
- I realized I’m not losing days, I’m moving forward.
2026年1月3日(土)
昨日の夜中に雪が降って、
朝起きたら地面や車の上が、うっすら雪化粧していた。
今日の天気も晴れ。
晴れていて、雪景色だととっても気分が上がる。
窓を開けて、体にキーンとくる空気を感じながら、
外の景色を動画に撮った。
今日のうちに溶けてしまいそうな、うっすらとした雪。
元日に「動画を再開してみようかな」と思い立って、
撮影した動画のカット編集を、昨日ちまちましていた。
その続きをしているだけなのに、
アプリの不具合なのか、
動画のカットの間に「ザッ」という音が入ったり、
モザイクの設定が思うようにいかなかったり。
だんだんイライラしてきた。
電源を落としてみたり、
アプリ内の動画を消してみたりしたけど、
なんだか調子が悪い。
意地になってスマホと睨めっこしている姿は、
きっと滑稽だろうなと思って。
自分を落ち着かせて、
こういう時は「やらない」と決めた。
ゆるーく、ながーくやるには、
細かいことに執着してばかりいたらキリがないよ、と
自分に声をかける。
世界2の私は、
自由と余裕のもとに在るのです。
さて、何をしようか。
「何かやらなきゃ」と考えるほど、
何もやりたくないというか、思いつかない。
以前、「今度これ作りたいな」と付箋を貼っていた
栗原さんのレシピ本を、改めて見返してみることにした。
あの時はクリスマスとお正月前で、
ちょっと手の込んだ料理を、正月休みにやりたいなと思っていたから、
付箋のページは手がかかりそうなものや、見た目が華やかなものが多い。
でも、今日の気分は違った。
その時付箋を貼ったページとは別の、
もっとシンプルなレシピに目が惹かれる。
この前なんとなく作ってみた、
野菜くずのスープと鶏ガラスープ。
手間は時間がかかることくらいで、
水からじっくり煮ているだけ。
作業は単純で、
その気楽さがなんだか良かった。
今日、改めて付箋を貼ったページも、
そんなシンプルなものが多かった。
レシピ本を見る前は、
「何かしたいけど、何がしたいかわからない」
「なんかやらなきゃ」という感じだったけど、
栗原さんのチーズケーキを作りたい、と思った。
クリスマス前の買い物で、
休暇中に作りたいと思って、
いつもは買わないクリームチーズを買っておいたんだ。
いざ「やりたい!」となった時に、
準備が整っているのは、なんだか気分がいい。
……生クリームとビスケットが必要なことは、
すっかり抜け落ちていた。
うーん。
あるもので作ってみるのも
挑戦でいい気がするし、
でも初めてなら、ちゃんとレシピ通りに作りたい気もする。
もりやんに聞いたら、
「レシピ通りのが食べてみたい」と言う。
じゃあスーパーで買ってきていい?と聞くと、
すんなりOKが出た。
(うちは、もりやんが家計管理をしています)
ついでに納豆も買ってきてほしいと言われて、
近所のスーパーへ。
昨日雪が降ったから、
まだ氷が所々残っていたり、
屋根の水が溶けて、滝みたいに滴り落ちていたり。
どこもかしこも、太陽に照らされてキラキラしていた。
生クリームは想像以上に高くて、
そこだけは牛乳で代用することにした。
帰ったら、昨日のカレーをお昼にして、
『家政婦のミタ』の続きを観た。
ご飯を食べ終わったら観るのをやめて、
それぞれまた別れるのだけど、
私はなんだか、
まだグデーっとテレビを観ていたい気分だった。
ケーキ作りが、急に面倒に感じてきた。
それに、今すぐ甘いものが食べたい。
ケーキ用に買ったクラッカーを
「一枚だけなら」と食べてみたけど、まだ満たされない。
でもケーキ作りは面倒だし、
せっかくならカメラも回そうと思っていたから、余計にめんどくさい。
さっきまで「やりたい」だったのに、
ちょっとタイミングを逃すと、
私の意欲はすぐどこかに行ってしまう。
今までなら、
「撮影しなきゃ」とか
「もっと充実した風に過ごさなきゃ」と頑張っていた。
でも、そういうのをやめようと決めた。
そうしてみると、
自分がかなり気分屋で、
その場その場で生きていたいんだ、ということがよくわかる。
チーズケーキを作りたい自分は、
一旦しゅんと小さくなったので、
読書の続きをすることにした。
甘いものは、パック餅をチンして、
冷凍庫に余っていたあんこを解凍して、
あんこ餅を作った。
かなり手軽で気に入った。
包み方は、
餅を大きく、薄く伸ばして、
あんこを平たく塗る(糊代を残す)。
くるくる巻いて、
シナモンロールみたいに端と端をくっつける。
食べた時に、餅とあんこが層になって、
食べ応え満点。
あんこと餅だけだけど、
ちょっと工夫しただけで、市販の大福より好きかもしれない。
温かいお茶を淹れて、
YouTube「北欧、暮らしの道具店」を観る。
ガーデナーの長塚のりこさんを取材した動画。
「私の性格は、寄り道がすんごく多い。
これをやってたら、あれが気になって、
そっちに夢中になっちゃったり」
すごく共感した。
それって、
ちょっと自分のダメなところかな、と
小さく思っていた部分でもあったけど、
寄り道が多いってことは、
やりたいことがいっぱいあるってことなんだ。
長塚さんの言葉は、
「これも私のチャームポイントの一つなのかもしれない」
と思えた。
Three-line diary
- A sunny morning with snow lifted my mood instantly.
- My motivation wandered, stopping at little detours.
- I realized that loving detours might be part of who I am.
2026年1月2日(金)曇りの隙間からさす光
今日も夢を見て、1時ごろに一度起きた。
頭が静かにならなくて、上下反対向きになり、「眠れる音楽」をかけて寝た。
夢の中には、中学時代のバスケの練習風景があった。
シュートが全然入らなくて、
それ以外のことを一生懸命頑張るけど、やっぱりシュートが入らない。
シュートが全然入らない夢をよく見る。
でも今回は、別の視点で、
「あ〜だからこの夢をよく見ていたのかもな」と腑に落ちる夢だった。
過去の忘れていた記憶を、
私は無意識にすごく引きずっているんだとわかった。
もりやんは今日も規則正しく起きていた。
「おはよう」と声をかけようとしたけど、
(起きているよアピールをしたい)
その力を振り絞ろうとする自分が、
微睡んでいたい自分に負けました。
ここ数日、夜中に一度起きて、
その後なかなか眠れない、を繰り返している。
本当は、もりやんと一緒に4時に起きたい。
でも結局、6時半ごろまでベッドから起きれずにいる。
それは、
カーテン越しに、陽が昇ってきたのがわかるくらいまで。
カーテンがぼわん、と明るくなっていくのを見ると、
そろそろかなと思いつつ、まだ動けない。
もりやんが朝ごはんの準備をしている音が聞こえる。
(もうすぐ7時なんだ!)
もりやんと一緒に食べる朝ごはんを逃したら、
私は大馬鹿者だろう。
スパッと起きて、すぐ歯を磨いた。
もりやんが焼き芋を皿に移しているのを邪魔しながら、
今日の夢の話をした。
この日記を書いている今日は実は3日。
昨日のことを思い出しながら書いているのだけど、
お昼が思い出せない……。
うーん……。
もりやんにも尋ねて、二人で「うーん」と言っているうちに思い出した。
昨日は一昨日の味噌汁の残りで、「絶望パスタ」(渋谷にあるパスタ屋さんのメニュー)
を作ったんだ。
以前作った時、
「ほぼお店の味じゃん!」ってなったけど、
使った調味料を覚えていなくて。
「これかな〜あれかな〜」で作ったら、ちょっと違うものができた。
チゲ風パスタみたいになったけど、これはこれで美味しかった。
お昼ごはんを思い出したら、昨日のことが芋づる式に出てきた。
絶望パスタを作りたくて、
スーパーの値引きを狙って、開店に合わせて朝から買い物に行ったんだった。
近所のスーパーは三ヶ日も開いていると聞いたから。
9時に行ったら、開いてなかった。
お正月に合わせて10時からだった。
一旦帰るのもな〜と思って、ぶらぶらすることにした。
一日一回は運動しようと思っていたし。
歩いたり、早歩きしたり、走ってみたり。
ベンチで休憩したり、気づいたことをメモしたり。
急に与えられた1時間を、気ままに過ごした。
昨日より空気がちょっと冷たいのにも気づいた。
私は確かにぼーっとしているのだけど、
完全に「無」になっていることがない、
というか「無」になることが苦手で難しい。
いつも何かに引き寄せられていたり、夢中に何かを追いかけて
それ以外が見えていないってことなのかな。
ぼーっと歩いている頭の中は、いつもぼんやりそんなことを考えている。
朝の夢の続きを引きずりながら。
できないからダメだと思わせる環境とか、考え方。
できないことが周りに迷惑をかける、みたいな空気。
それを自分が直接言われなくても、
同じ場にいる人が下を向いてグッと耐えている姿を見るだけで、
私は同じように感じて苦しくなる。
過去を振り返るのは、時に苦しい。
そんな時、朝聞いたアファメーションに救われた。
過去は未来を決めない。絶対に。
それは最先端の科学が証明していること。
未来は、
今この瞬間をどう生きたいか、
その選択の積み重ねでできていく。
私のなりたい未来。
世界1を通り過ぎて、世界2で生きている私は、
本を書いたり、取材を受けたりしている。
カメラマンさんや編集者さん、
私にはチームがいて、
みんなで何かを作り上げている。
でも、私は何をしているのだろう。
どんなことを書いているのだろう。
私は、何をしている人なのだろう。
暮らして、生きている。
その中で、どんなことを発信しているのだろう、と考える。
「自分の人生を生きている」感覚を日々体感しながら、
そこで起こる葛藤や試行錯誤を、ただ記録に残していく。
毎朝ジョー・ディスペンザの言葉を
アファメーションとして聴いているけど、
聴きながら、私は彼が教えてくれていることを
自分の人生でまさに実証したいんだと思う。
これを書く前は、
「自分はどういうことをやっている人なのか知りたい」
そのヒントがほしくて書いていた。
でも書いているうちに、こう思えてきた。
自分の考えを言葉にして、
それが誰かの勇気になる人生を望むなら。
今こうして書いているみたいに、
ただそれを続けてみればいいだけ、なのかもしれない。
今わかるのは、それだけ。
……それだけでいいのかも。
Three-line diary
- My dream reminded me that I still carry pieces of the past.
- When I found my core, my steps—and my mind—felt lighter.
- The past doesn’t decide my future, so I keep writing today.
2026年1月1日(木)雲ひとつない青空
昨日はいつも通り、8時前には就寝。
おそらく23時ごろに一度目が覚めてトイレへ。
(最近、必ず一回は起きる。)
夢は見ていたけれど、内容はちゃんと思い出せない。
何を伝えたいのかよくわからない、
ぼんやりとした夢だった気がする。
まあいいや、と再び布団に入った。
すると、
隣の人の賑やかな声と、
上の人のドタドタ走る音が聞こえてきて眠れない。
大晦日だもんね。
それに、
よく思い出せない夢に意味を見出そうと執着して、
さらに眠れなくなった。
肩や首も居心地が悪くて、
もぞもぞ動いてみるけれど、うまくいかない。
頭と足の向きを逆さにして寝てみたら、
さっきよりフィットしていい感じだった。
「短時間でも熟睡」という音楽をかけて、目を閉じる。
(結構愛用している。)
目は閉じているけれど、
しばらくは頭が悶々と起きていた。
それでも、
音楽のおかげか、短時間でも熟睡できた気がする。
頭のモヤモヤはなくなっていた。
6時ごろ、一度ぱっと目が覚めたけれど、
まだ布団の中で、ゆっくり過ごすことにした。
もりやんが、
いつも通り4時に起きて散歩へ行ったのを知っている。
目を閉じてても音でわかった。
新年一回目の夢にしては、
あまりにも冴えなくて、
なんだか気分が落ち込んでいる。
(夢を結構引きずるタイプ。)
今、私がやってみようとしていること
——日記を書くこと、本を書いてみること——に対して、
「やってもお金を生み出してないし」と
意地悪なことを言う自分が出てきた。
このパターン、毎度のことだ。
昨日まで
「よし、やってみよう!」と思っていたことも、
ふとした瞬間に、
ネガティブな自分が足を引っ張ってくる。
こういう感情が襲ってくるのには理由がある。らしい。
それは、
変化の兆しが見えている時 だから。
だから、
ネガティブな感情は、始まりの裏返し。
こんな時は、
ガヤガヤした頭の中を一旦脇に置いて、
静かに、私がまた前を向くのを待つ。
枕元にスマホを置いて、
ジョー・ディスペンザ博士の動画を流す。
左耳から、
脳みそにゆっくり直接流れ込んでくる感じ。
「よし、元気が出てきたぞ!」
というところで、
もりやんがそっと襖を開けて、私の様子を伺っていた。
私がむくっと起きたのを見て、
「なんだ」と、安心した様子。
昨日、
風邪ひきそうだと何度も言っていたから、
頭でも痛いのかと心配してくれていたみたい。
動画を聴き終えても、
まだ布団に入っていたくて、
『日々日記』の続きを読む。
ちょうど今読んでいるのは、
2003年1月を少し過ぎた、13日のところ。
「体が死んでも、
私の中にある、ぼわっとした熱いものは不滅だ、
ということと重なるのだ。」
その「ぼわっとしたもの」は、
高山さんの料理に対する想いのことらしい。
この想いは、
きっと誰の胸の中にもあるものだと思う。
でも、
それを「伝えたい」と、
頭ではなく体で感じた、ということなのだと解釈した。
これを、私に重ねてみる。
〇〇に対する想い……
体に対する想い?
なんか違う。
「自分を生きる」ことに対する想い?
……こっちのほうが、しっくりくる。
自分を生きる。
生きたい。
生きよう。
その想いは、
きっと誰の胸の中にもある。
だから、
わざわざ私が言うことでも、発信することでもないし、
「誰だかわからないペーペーが」
という気持ちも正直ある。
でも、
私自身がこの想いを、全身で感じていて、
「そう生きるには?」を、ずっと考えている。
その姿を、記録していたい。
もし、
そんな未熟な記録が誰かの目に止まって、
共感してくれる人がいて、
その人から、また別の誰かに伝わって。
輪が広がっていくみたいに。
そうなったら、
すごく嬉しい。
それが、
私の望む人生なんじゃないかな、と思う。
そうそう、
そろそろYouTubeの撮影を再開してみようかな、とも考えていた。
なんとなく、
「やりたいな」という感じがしたから。
今までより、もっと自然体で。
撮影するからって、
あれこれ準備したり、
必ず三脚を立てたり。
そういうのを、
一旦ぜんぶ手放してみようと思う。
外の撮影では、
三脚を持っていかないとか。
今日は豆を煮たいから、
そのシーンだけ撮るとか。
もっと気楽に。
朝食後、
いそいそと撮影の準備を始めた。
壁に取り付けるスマホホルダーを買っていたので、
それを常設することに。
「撮らなきゃ」と思うと、
キッチンを整えることさえ億劫で、
着飾っている感じがして嫌だった。
だから、
できるだけ気ままに、
自分を自由にさせる。
もりやんが朝食に食べる
ゆで卵が一つだけ残っていたので、
殻をむいて、自分のおやつにした。
殻は、
いつも生ゴミに捨てていたけれど、
今日はパセリの周りに巻くことにした。
乾燥させて粉々に……とも思ったけど、
面倒なので、そのまま。
パセリの葉が、
きゅっと閉まって、元気に育っているのが嬉しい。
元日だから、お雑煮を食べようと、
昨日から煮込んでいた鶏ガラスープに火をかけた。
スーパーで、
鶏ガラが99円、
鴨の皮も半額だったので、躊躇せず購入。
料理上手な利用者さんが、
鴨の皮と鶏で出汁をとる、と言っていたのを思い出した。
鴨のアクはすごいけど、
確かに、
鶏だけのスープより奥行きがある気がする。
色はつけたくなかったので、
醤油は少なめ。
塩とみりんで味付け。
とても綺麗な、
黄金色のスープができた。
お餅は、
180度で15分、エアフライヤーで焼く。
餅が飛び出して、
虹みたいな橋がかかっていてびっくり。
焦げは気にならない。
鶏の胸郭か首か、尾っぽかわからないけど、
骨の周りについている肉をこそげ取って、
鴨の皮と一緒にスープへ戻す。
青菜がないので、
スプラウトで着飾った。
もりやんは、
お肉のほろほろが気に入って、おかわりしていた。
分けて取っておいた鶏ガラに、
おいなりさんを作った時の
カツオ・昆布・いりこの出汁を合わせたら、
さらに透き通った、美味しそうなスープに。
これはミネストローネにしよう!と
二人で話した。
お昼ご飯のあと、
私は一人で、お気に入りの場所へ。
もりやんが切ってくれたりんごと、
本を持って。
少し寒くて、
股引きを履いてこなかったことを後悔したけど、
秘密の場所は日向ぼっこにぴったりで、
寒さは気にならなかった。
「やらなきゃ」に追われない日は、
時間がとてもゆっくり過ぎる。
お気に入りの場所は、私ひとり。
目の前を電車が通る。
本を読みながら聞く電車の音は、
BGMみたいだった。
元日だけど、
電車はよく通る。
運転手さん、さまさまだなぁ。
夕方は、
もりやんが「一緒に散歩に行こう」と誘ってくれた。
それだけで、私はとても嬉しい。
私は、
幸せの閾値がとても低い、とよく言われる。
「一緒に」と言われただけで、
コンビニでも、近所の散歩でも、
わーい!と喜んでしまうから。
『高山さんの日々ごはん』を読んで。
あとがきのMAYAさんの話。
「自意識ばかり強くて、
どん底まで落ち込んでいた時、
自分がダメな理由が二つ見えたそうだ。
一つは、
自分の絵が描けていないこと。
もう一つは、
お金がないこと。
だから、
朝、ビルの掃除の仕事をすることにした。
掃除をすれば暮らしていける。
あとは、一日中絵を描いていられる。」
そして、
その仕事を、つい4年前まで続けていたそうだ。
会社勤めが嫌で嫌で、
早く辞めたいと思っているけれど、
この考え方は、なかったなぁ、と発見。
3月から週3勤務にしたいと伝える予定だけど、
この仕事があるからこそ、
「あとはずっと自分の人生を生きる」ができる。
そう考えると、
なんだか、いい気がした。
残りの4日間。
とことん、自分の生きたい「世界2」を体感する。
そのための4日間にしたい。
Three-line diary
- Fear shows up right before change begins.
- I chose to pause, breathe, and face forward again.
- Today, I gently nurtured my desire to live as myself.
これまでの暮らし