2025年

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2025年12月31日(水)快晴

一昨日はカップラーメン。
昨日はパック寿司。

その少し前から、
なんとなくお腹が停滞している感じ(うんちはちゃんと出ているけど)と、
背中、特に肩から首周りの凝り。
全身の血流が滞って、気持ち悪い感じがあった。

ちょうど読んでいた
さくらももこの本にカッピングの話が出てきたけど、
今の私がやったら、
きっとドス黒いあざができるだろうな、という体調だ。


以前、図書館でふと手に取った
村上春樹さんの『職業としての小説家』。
そこで、春樹さんの一日の始め方や、ランニングの習慣を知った。

純粋に憧れたし、
私の体も、おそらく「走ること」を求めている気がしていた。

有酸素運動。
滞った血流を一気に流してくれる。
走り終わったあとの爽快感は、
「私、循環してる!」と実感させてくれる。

あの感覚を、体が欲しがっている。


なんとなく横目で見ては
見て見ぬふりをしてきたけれど、
いろんなことが「走ろうよ」と私を誘っている感じがして。

朝起きたとき、
「走るか」と思って、走る身支度を始めた。


直近の走った記憶では、
右膝の裏にしばらく痛みが出てしまった。
今回はそうならないように、ちゃんと準備運動。

体幹をオンにして、走るフォームも意識する。

走り始めると、
お尻がぶりんぶりんしているのがわかる。
重い。
体重と重力を、全部足裏に叩きつけて走っている感じ。

「これじゃ、かえって体を壊しそう」と思った。

でも、意外と息は続いて、
自分が思っているよりも、連続して走れた。
(たぶん、もりやんの早歩きくらい)

息が少し上がって、ドキドキして、
胸郭がしっかり動いている感じが、
「あぁ、いいぞ。巡り始めてる」と思わせてくれて爽快だった。


その後は、
走っては歩き、走っては歩き、
サーキットトレーニング風に繰り返した。

メガネもコンタクトも忘れたから、
少し先はぼやーっとしていて、
日の出前の街は、信号や街灯がぼんやりライトアップされているようで綺麗だった。


これは理学療法士だからなのか?
どんな走り方がいいか、
走っている時のちょっとした体の違和感がすごく気になる。

反り気味の背中を整える。
骨盤と胸郭を向かい合わせて、
コアが抜けないように意識する。

あ、右足首のねじれ(私の体の癖)が、
右の鼠径部から股関節周りに響いている。

五郎丸風のポーズで、
股関節の運動と腿裏のストレッチ。
体を整えて、また走る。


すると、
どんどん「走れる感覚」が出てくる。

さっきまでは、
地面に体重を叩きつけて走っていたのに、
今は軽く弾む感じ。

お腹のコアがちゃんと入っていると、
体重を数ミリ、地面から引き上げてくれているような感覚がある。

手の振りも大きくなって、
今までのスピードじゃ物足りなくなってきた。

「どのくらいのスピードで走りたい?」と
自分に問いかけながら、制限を手放してみた。

すごく気持ちいい。
走ってる。

これはもうジョギングじゃなくて、
ランニングくらいの速さになっているはず。

小学生の頃、
このスピードで1キロ走り切っていたんだな、と思うと、
あの頃の体が、やっぱりベストだったりする? なんて思った。


自分の人生を生きるって、
心も体も「ベスト」をつくろうと試行錯誤することかな?
なんて思ってみたり。

走りながら、
「私の体のベストって何だろう?」と考えていた。

体型? 見た目? 体重?
どれも当てはまる気がするし、違う気もする。

でも、
この軽い感じ。
さっきまで滞っていたものが、巡り出している感覚。

言葉にはできないけど、
この感覚が「答えを君は知っているよ」
と教えてくれている気がした。


お昼ごはんを食べながら、
もりやんと話した。

「自分が一番輝ける場所を、
自分で見つけてあげることって大事だよね」と。

もりやんは、孫さんの本を読んで感銘を受けたみたい。

私は、
さくらももこや高山なおみさんのことを思い浮かべていた。

私の好きなこの人たちは、
いわゆる「社会人」だったら、
きっとポンコツ扱いされてしまう人たちなんじゃないかな
(失礼ですみません)。

実際、私が、
自分自身に対してそう感じている。

それなのに私は、
「社会人の世界」で無難に立ち回る術を、
身につけすぎてしまった。

心底、嫌になる。
そんな術、欲しかったわけじゃないのに。


私たちが憧れる人たちは、
みんな自分の個性を、
全うしているように見える。

一見、ぶっ飛んでいるようにも見える。

もっとぶっ飛びたい。
もっと突き抜けたい。

自分を制限せず、
私が一番イキイキする場所を見つけて、
そこで輝かせてあげたい。


そういえば、朝の散歩でスーパーに寄ったら、
鶏ガラや鴨の皮が、たくさん半額になっていて、
つい買ってしまった。

利用者さんが、
それで出汁をとってお雑煮を作っていると聞いたから。

それに、
取っておいた野菜くずもある。

野菜くずや鶏ガラで、
すごくいいスープが出ると聞く。

私は、そういうのが好きだ。


世間では「くず」。

でも、それは原石。

極上のスープがとれる原石。
宝ものだ。


2025年12月30日(火)

過去に引き戻されるような、
自分がダメで小さい人間だと思い知らされるような、
あまり楽しくない夢を見た。

過去に出会った人がたくさん出てきて、
「なんでこの子が出てきたんだろう?」と思うような、
少ししか関わったことのない子まで登場していた。

私は夢を見ると、
夢の中で感じた感情を、起きたあとも結構引きずってしまう。
夢の内容ははっきり思い出せなくても、
そのときの感情だけは、しっかり覚えている。


でも、こんなときに使える「おまじないの言葉」を、私は知っている。

こういう、過去に引き戻そうとするような出来事は、
私が今、変化の目の前にいる証拠

確実に、私が成長しようとしているから起こること。


脳みそは、ありとあらゆる手段を使って、
私の不意をつき、その変化を止めようとしてくる。

脳みそにとっては、
それが「私にとって良いことか悪いことか」は関係ないらしい。
とにかく、変化そのものが嫌なんだって。

だから、どんなに変えたいと思っている感情や習慣でも、
脳みそにとっては、
「慣れている状態」のほうが落ち着くらしい。


でも、私の脳みそへ。

私は変わるよ。絶対に。
そして、その変化は、きっと君にとっても安心できるものになる。

そうなるまで、私は絶対に諦めない。


昨日作ったあんこを、
茹でたお餅の上にのせて、
2人でおやつに食べた。『御上先生』を見ながら。

もりやんが「散歩に行こう」と言ってくれたから、
夕方、また猫に会いに外へ出た。

猫が9匹くらいいた!
白い猫も!

帰り道、もう餌はないけど、また少し覗いてみた。
餌がないと、やっぱりしれーっとしている。


オリンピックでパック寿司を買って、
久しぶりに餃子も食べたくなって、冷凍餃子も買った。

2日連続で、ちょっとジャンキーな晩ごはん。

もりやんにすすめられて、『呪術廻戦』を見た。
食わず嫌いだった。

本当は、このアニメも一緒に映画を見に行きたかったらしい。
そういうこと、もっと言ってくれたら嬉しいのに。

Three-line diary

  • When I’m about to change, the past tries to pull me back.
  • Still, I choose the change that will eventually feel safe.
  • Ordinary moments quietly help me move forward.

2025年12月29日(月)

今日の朝は、昨日読んだ村上春樹さんの本の影響を受けています。
朝起きて、まず高山さんの『日々日記』を読んで、
ポワポワした気持ちを感じてから、

「さぁて、何を書こうかな」

そんな感じで、今パソコンを開いています。


この正月休み(27日から1月5日まで)は、ずっと楽しみにしていました。
「世界2を感じる休暇にするぞ!」なんて、ちょっと意気込んでいたけれど、
一日があっという間に過ぎて、もう3日目。

減っていく日数を数えてしまって、
楽しみが終わって、また現実が待っているような気持ちになる。

でも、そんなのは嫌だ。

この10日間は確かに特別な時間だけど、
それが終わったあとも、私たちは世界2に向かって
一日一歩、ちゃんと近づいている。

だったら、
一日が過ぎることを、そんなに憂わなくてもいいじゃないか。
そう、自分に言い聞かせています。


『日々日記』を読んでいて、ふと思いました。

料理家さんは、自分のレシピを持っているから、
ちゃちゃっと作れてしまうんだなぁ、と。

その感覚、わからなくもない。

私は、右肩や腰(特に左)が凝ったり、痛んだりすることが多い。
「あ、あの姿勢よくなかったな」とか、
「気持ちがついてこなくて、コアが抜けたまま動いていたな」とか。

違和感や痛みを感じると、
自然と生活習慣を見直しています。

ジョギングをすれば肩の凝りは飛んでいくし
(呼吸が浅く、筋肉を動かしていなかったから循環が悪かったんだな、と分かる)。

自分の体のズレを知っているから、
ニュートラルな位置に戻すだけで、
それがストレッチにも、体幹トレーニングにもなる。

日々のケアって、意外とシンプル。
違和感や痛みに気づけているなら、
ただ「元の位置に戻す」だけ。

余裕があれば、
ニュートラルをキープしたまま動くだけ。

でも、いわゆる初心者さんは、
こういう考え方や知識がないから、
「なんとなく困っている」状態なのかもしれないな、と思いました。

小豆を煮ながら、これを書きました。

なかなか柔らかくならなくて、
火の元と机を行ったり来たり。

煮汁を見て、ココアを飲みたくなった。

一口飲んでみたけど、
やっぱりココアじゃない。

でも、この汁でココアを作ったら
美味しそうな気がするから、
あとで試してみよう。

もりやんが休憩に出てきて、

「なにこれ?ココア?」
「ココア飲みたいね」

同じことを考えていて、笑った。


自分の「内省する癖」を、改めて実感しています。

これが仕事になったらいいな。
家の中で、机の前で、働けたらいいな。

ルールをゼロにした日記だから、
「今、頭で考えてるな」と気づいた瞬間、
なんでも書いている。

朝5時頃に起きて、今は10時。

この間、延々と内省していて、
頭の中だけでぐるぐる回っていた思考が、
やっと外に出てきた感覚。

だから私は、
自分の思いを口で伝えるのが苦手なのかもしれない。

言葉がまとまらないまま、
純度のない思いだけが浮遊しているから。

でも、こうして書き続けたら、
少しはマシになるのかもしれない。

仕事で体の説明をするときは、
「丁寧で分かりやすい」とよく言われる。

でも、自分の気持ちは、
なかなか整理して話せないものだ。

Three-line diary

  • I realized the answers I was searching for were already inside me.
  • Noticing my body’s shifts is a way of caring for myself.
  • I want to keep writing and living at my own gentle rhythm.

2025年12月28日(日)

昨日、寝る前に布団の中で、
高山なおみさんがシェフから文筆家になった経緯が知りたくなった。
それがわかったら、自分がどう進めばいいかわかる気がしたから。

本を3冊借りた。
だけど、その答えのような一文は
まだ見つかっていない。


ちょっと焦ってはいませんか?

外に答えを探そうとする時、私は焦っている。
本当は、自分の中にもうある。

おそらく高山さんが、クゥクゥで働きながら日記をつけはじめたように、
私も始めればいい。

私の世界1.5はPisio。
Pisioの傍で、この日記を自分以外も見られる形で記録していく。
それがたぶん、やりたいことだ。

それをただ、コツコツ続けていくこと。
それが世界2.0につながると、私は思っている。

だから、やってみればいいだけなんだ。
本当は私の心は知っている。

でも自信が持てないから、
外に答えを求めて
「それでいいんだよね?」という安心を探していただけだと思う。


きっと私の心は、進むべき方向をすでに知っていますよね?

今、私は12月からずっと日記として記録をつけている。

書くことは、別に好きとか得意とか思ったことはあまりないけど、
(作文はお母さんの力を借りて、結構選ばれたりしていた小学生時代)

振り返ってみると、内省は常日頃よくしていると感じる。

とにかく自分の人生を生きたいと強く思っていて、
しがみつこうと必死で試行錯誤しているのが、自分でもよくわかる。

高山さんが、自分の日記をどのような形で
(外部も見られる形で)解き放っていったのか、
その順番はよくわからなかった。

2002年からご自身のHPを作っていて、
そこで記録を始めたのかなと推測する。

そのHPは、通信制限がかかっていても
そのサイトだけは見られるような
とても簡単な作りで、
日記も毎日ではなくまちまち。

見やすくなるようにと
時間をかけて編集するようなことは
おそらくしていなさそうな、

メモで残しておいたものをそのまま載せているような。
心の内側をちょこっと見せてもらっているような、そんな感じだ。

私は、外に出そうとすると
少し着飾ってから出そうとしてしまう。
それが続かない理由なんだろうな、とも思う。

高山さんみたいに、みんなが見てくれる日記になるかはわからない。

でも、高山さんが2002年から現在まで20年以上続けているのは、
やっぱり「着飾っていない」からなんだろうなと思うし、
それを魅力だとファンのみんなも感じていると思う。

私は、自分の内省を
メモとして記録する習慣がだいぶできてきたけど、
これを自分だけが見られる形のままだと、
もし20年続けても、
メモ帳がただ積み重なっているだけで、ちょっと悲しい。

それに、それでは世界2に行けない。

一人でも
私の世界2を感じ取ってくれて、
共感してくれる人がいてくれたら嬉しい。

この内省の記録(日記)を
外の人も見られる形で残していきたいと思っている。

どんなものを選択すればいいかな、
その一歩を考えている。


NoteとHP、どちらで記録していくか。

Noteは、他の人のコンテンツも気になるし、
いいねの数も気になる。
そもそも「ただの記録」じゃなくて
「コンテンツとして出さなきゃ」と思ってしまいそう。

だから、やっぱり
自分のHPで、こっそりひっそり記録を残していくことにした。

もりやんにそうしたいと伝えたら、
「このお正月期間は読書したり、自分のやりたいことがあるから、
正月明けの11日にやってみるよ」と言ってくれた。


お昼ご飯は、高山なおみさんの『日々日記』から。
納豆そぼろチャーハンを参考に。

納豆もあったけど、なんとなく使わずに、
お母さん手作りの
「あともう少し残っている、納豆みたいに臭い味噌」を使ってみた。

大豆を使わず、豆乳で作った味噌。
臭いけど、甘みがあって、
もろみ味噌みたいに、きゅうりにつけてそのまま食べたくなる。
気に入っている味噌だ。

味付けに「味噌」と書いてあったし、
納豆と味噌、両方この「納豆臭い味噌」で賄えると思った。

ニンニクをじっくり油で炒め、
冷蔵庫に残っていた最後のひとかけらのバターを入れて、
「納豆臭い味噌」と胡麻をたっぷり。

もうこれだけで、美味しいタレが出来上がっている。
すごく面白い組み合わせ。
なかなか良い発見だ。

納豆臭い味噌炒飯、いけます。
すごく美味しくて、次はおかわり分も用意しなきゃと思った。


高山さんの一作目『諸国空想料理店』を読み終わった。

午後は『日々日記2』。
本当は「1」を読みたかったけど、図書館になかったので。

やっぱり、
「お店をなんでやめることにしたのかな?」
それが知りたくて、ページをめくっている。

仕事でもそうだけど、
他人の人生を辿るのはすごく楽しい。

私にはなかった視点、選択、生き方、近況。
すべてがそこにあって、
もう一つの人生を楽しんでいるみたい。

楽しみながら読もう。


あっ、気になったところをメモ。

「ふと思ったが、機械でも道具でもなんでもそうだが、
もの作りをする人は、ケアというかメンテナンスというか、
そういう方法を知らなければ、やっぱりだめなんではないだろうか」


自分の体をメンテナンスするという考えが、私は好きです。

職人さんが使う道具を大事にするように、
体も同じ。不可欠で、大切なものだと思う。

なんてったって、
いつでもどこでも、私と一緒なのだから。

だから、自分の体が
どうしたら元気になるのか、
癒やされるのか、
整うのかを知ることは、とても大切。

それは、
疲れた、痛い、苦しい、
そういう犬猿されがちな感覚があるからこそ
わかるようになってくるものだと思う。

だから、そういう“やなやつたち”も大事にしたい。
いつも「ありがとう」と自分に言えるきっかけをくれる存在だから。


もりやんが
「ひとりにさせてほしい」という雰囲気だったから、
午後は静かに一人で図書館に来た。

いい本に出会えた。

天才じゃないからこそ。
自分の人生を生きようと決めたから。

フィジカルも精神も、
自分の人生を生きるために
まっすぐ進めるように。

いらないもの、削ぎ落とせるものを削ぎ落とし、
体をメンテナンスして、運動して、
精神はアファメーションして、鍛えて、内省する。

この二つを、バランスよく保つ努力をする。

「自分の人生を生きる」という決意の
できるだけ強固な基盤を作る。
そして、自分の人生を生きている
自分のリズムを作っていく。

だって、人間関係の悩みや体の不調を抱えたまま、
生きたい人生を生きるのって、難しい。

剥がせるものは、とことん剥がす。
それを定期的にやって、
体の声にちゃんと耳を傾け、
その都度メンテナンスする。

そんな中で、
自分のやりたかったこと、
好きな人たちと関わっていけたら、
それだけですごく素敵な人生だと思う。

早朝に起きてコーヒーを入れて、
「さぁ、今日は何を書こうかな」
って思えるのは、最高な一日の始まりですね!

最新の脳神経科学の雑誌を読んでいるのか〜。
確かに、ジョー・ディスペンザさんの話ともリンクするわけだ。

やっぱり運動は大事。
特に有酸素運動。
うーん、私も習慣にできたら気持ちいいなぁ。

(村上春樹さん『職業としての小説家』を読んで)


夜ごはんは
友達にお土産でもらった漬物と、
最近高山さんの本で覚えた塩抜きがリンクして、
早速やってみた。

筍と山椒の漬物。
そのまま食べるには、ちょっとしょっぱいと感じたので。

1時間ほど塩抜きしたら、
ほんとだ、ほんのりいい感じ。

これを炊き込みご飯にしてみては?
と、我ながらいいアイデアが浮かんだ。

ちょうど、
年内に食べきってしまおうと浸水していた餅米もあったから。

もち米は、赤飯の時に一度失敗していて、
ちょっと苦手意識のある相手。
水加減がよくわからない。

そのことが、さっきまで頭の片隅にあったのに、
すっかり忘れて、
普通のご飯を炊く水分量でやってしまった。

だからか、やっぱり。
べちょっとしているところがある。

今回は普通の米とブレンドしたから、
前ほどではないけど。

匂いはとても美味しいけど、味は薄い。
水分を飛ばせば美味しくなる気がして、
おにぎりにしておいて、
明日のお昼に食べることにした。

もりやんはというと、
正月明けから始まる短期バイトに
ちょっとナーバスなんだと思う。
ずっと家にいたから、
久しぶりに他者と関わるからね。

でも、もりやんが役に立つ仕事に決まっている。
だから私は、どっしり
「絶対大丈夫だよ」と構えていられる。

Three-line diary

  • I realized that the direction I’m looking for already exists inside me, and that quietly continuing my journal is the path toward my “World 2.”
  • I chose to share my reflections simply and honestly on my own website, without decoration or pressure to perform.
  • By caring for both body and mind, I want to live, write, and grow at my own natural rhythm.

2025年12月27日(土)

年末にいろいろ料理したくて、
好きな料理家さんの本をたくさん借りてきた。
その中の一つが、笠原将弘さん。

最近好きになった人。
いや、実は数年前の「スシロー」コラボで感動してから、
ずっと気になっていた。

「イワシの刺身にピーマンのソース」
この組み合わせに驚いて、味にも驚いて。
めちゃくちゃ美味しくて、3皿連続で頼んだ。

栗原さんの「抹茶とレモンのパンナコッタ」ぶりの衝撃だった。


笠原さんのレシピ本には、
本人のエッセイみたいなページもあった。

すごく頷いてしまうところがあって、
「料理人の人もこういうこと考えているんだ」
と思った。

体を整えることとも、似ている気がした。
私が好きになる人には、共通点がある気がする。


『実は一菜でいい。』を読んで(メモ)

・やらなくていいことはやらない。
やらなくていいことを、どれだけやってきたんだろう。

世の中は、やらなくていいことで溢れている。
悩みの大半も、やらなくていいことでいっぱいな気がする。

本当はもっとシンプルなんだ。
生きるって。

だって、何のルールがあるんだろう?
コジコジじゃないけど、
殺人も強盗も何もしてないよ。
遊んで食べて寝てちゃだめ?

そうだよね、ほんと。

自分の軸って、
やらなくていいことを手放して削ぎ落としたときに
見えてくるんだと思う。

・腕、舌、遊び心
これは笠原さんが「料理人に必要」と思う3つの要素。

理学療法士だったら?と考えた私の案は、
知識、技術、ホスピタリティ かな。

知識と技術は、経験を積めば
誰でも一定レベルに達すると思う。

AIが進歩したら、
医療従事者の知識や技術の部分は
もっとAIに置き換わっていい、と私は思っている。

でも、ホスピタリティだけは、
いくら人間そっくりのAIでも
本当の人間には敵わない“何か”がある気がする。

笠原さんや、一流の料理人さんに共通しているのは
遊び心。なのだそう。

人を喜ばせよう、驚かそう、感動させよう、
というパワー。

この「遊び心」って、
私が進もうとしている世界2.0の人たちに
共通するワードかもしれない。

みんな大人だけど、子供なのだ。

私の場合、
自由と余裕の土台の上にある
「素直」と「好奇心」。
これがまさに遊び心だと思う。

「喜んでくれるかな?」と思いながら
何かしている時、
自分がいちばん楽しい。


終わりにを読んで

体を整えることについて考えた。

私は理学療法士で、
ピラティスインストラクターの資格も取ったのに、
毎日鍛えているわけでもないし、
かっこいい体型でもない。

でも、それでいい。
バカボンのパパみたいに言いたい。

疲れているな。
ちょっと太っちゃったな。

そういう日があるから、
体を整えようとか、体に向き合おうって思える。

みんながモデルさんじゃない。
体を作ることが仕事じゃない。

仕事、家事、育児。
生きていたらいろんなことがある。

体をきれいに保ちたくても、
そこに神経を注げない日だってある。

だから毎日ストレッチや筋トレができなくてもいい。
その日の状況に合わせて、無理なく体と付き合えばいい。

大事なのは、
自分の体を大切に思っているかどうか。

つらい時も、嬉しい時も、
お腹の調子が悪い日も、
走り出せそうに軽い日も。

体が、いつも教えてくれる。

体が動くから、
いろんなことを体験して、感じることができる。

それが何より幸せなこと。

日々の揺らぎを感じながら、
自分の体にありがとうと言える。

それが、体を整えることの本質だと思う。


Pisioについて、
私の思い描いたことをもりやんに話した。

もりやんは「いいね」と言ってくれた。

課題はやっぱり、0→1。

SNSやチラシは効率がよくないし、合っていない。
だから、いろいろイベントに参加してみよう、って。

その場でイベントを探して、
2月、3月、4月にそれぞれ1つ、申し込んだ。

未来のクライアントと接点を作る機会を、
自分たちで掴みにいく。

うん、それが合っている気がする。

ちゃんと進んでる。
私たち、進んでるね。

Three-line diary

  • The more I let go, the freer I feel.
  • Our “World 1.5” is becoming clear in words.
  • For 0→1, we’ll go meet people. We’re moving forward.

2025年12月26日(金)

私の望む人生は、
もうすでに、私の中にある。


これらは本当に望んでいること?

怒られないこと。
ミスがないこと。
迷惑をかけないこと。
「自分はできる人」だと思われること。


私は小さい頃から、
どこかで
「みんなと同じは嫌」
と思っていた。

絵の具セットも、
みんなは2種類から選んでいたけど、
私はどっちも嫌だった。

チラシの隅に小さく載っていた、
こっちの絵の具セットの方がいい。

先生に、
「これでもいいですか?」
って聞いたのを覚えている。

違うところを誇りに感じることもあれば、
「あの子みたいに思われたい」
「こう見られたい」
という見栄っ張りな自分もいた。

今振り返ると、
その見栄っ張りな自分が、
どんどん大きくなってしまったんだと思う。


大学生、社会人になるにつれて、
それはさらに大きくなった。

私は、どんどん苦しくなった。

化粧品も、
洋服も、
バッグも、
靴も。

手に入れた瞬間は満足するけど、
どこかで
「まだ足りない」
という感覚があった。

みんなが見てくれるような自分には、
なれていない気がして。

寂しさとか、
孤独とか、
そんな感じ。


正直に言うと、
飲み会は好きじゃない。

大人数も、
興味のない集まりも。

行ってみると楽しいこともあるけど、
私は別の誰かをいつも演じていた気がする。

だから、
誘われなかったら、
悲しくなったりもした。

でも今思うと、
飲み会も好きじゃないし、
あの集まりは
本当にやりたかったことだった?
と聞かれたら、NOだ。

私は、
もっとやりたいことがあった。

休日は
お父さんとDIYとか、
もっと
自分の内側の「やりたい」を
やりたかった。


ふと、
ちびまる子ちゃんと
コジコジを観た。

動画配信サービスが
当たり前になったこの生活は、
本当にありがたい。

そのとき思った。

この気楽さは、何だろう。

あぁ、
なんて快適なんだろう。

「なんだっていいじゃん」
「どうだっていいじゃん」

そう言えることが、
どれだけ開放感があるか。

私は、
もともとそういう人間だ。

命に関わること以外、
大抵のことは
どうだっていい。

なんで、
こんなにも執着していたんだろう。

私は、
ぐうたらで、
どこか抜けていて、
「何やってるの」って言われながら
助けてもらう人間だ。

そうだ、そうだ。

そう思ったら、
体がすっと軽くなった。


時間にルーズだった私は、
よく
「逆算して生きろ」
と言われていた。

今、
それが役に立つ場面もある。

でも、
必要なときに
自分で選べばいい。

普段は、
手放していたい。

逆算なんて、
しなくていい。

私は、
目の前の直感で
生きていたい。


忘れ物も多かったなぁ。

なんで、
これとこれを
持っていかなきゃいけないの?

時間割表って、
良さそうで、
私には合っていなかったんだな。


嫌いな人とも、
なんとかうまくやろうと
努力していた時期もあった。

でも、
そんなの、
すぐ手放せばいい。

コジコジの言葉が、
まさにそう。

「相手にしてくれないなら、
こっちも相手にしなきゃいいじゃん」

私は、
私を大切に思ってくれる人と、
私が大切にしたい思える人と
一緒にいられれば、それでいい。


今日は久しぶりの青空。

でも、
風が強すぎて、
自転車が倒されそうになる。

防寒で履いていた
カッパのズボンが飛ばされて、
日焼け防止のサンバイザーも飛んだ。

あらら。

風に煽られながら、
やっぱり
「私は家で仕事したいな」
と思った。

家だったら、
「今日は外が荒れてるなぁ」
って言いながら、
あたたかく、
ゆったり過ごせる。


世界2の私なら。

たまたま外出した日に
こんな天気だったら、

「わぁー!」
って言いながら
アトラクションみたいに楽しんで、

「ひとまず避難だー!」
ってカフェに入って、
あたたかい紅茶にほっとして、
おしゃべりに花が咲く。

そろそろ帰るか、って外に出て、
また
「わぁー!」
って言いながら。

もしかしたら、
風は止んでいて、
「おさまったね〜」
って言いながら
楽しく帰っているかもしれない。


今日、嬉しかったこと。

私は、
お金を払ってでも
「見てもらいたい」と
思ってもらえるものを、
すでに持っているということ。

ピラティスを習っているという
事務の人に声をかけられた。

イメージや感覚はわかるけど、
体の歪みが原因で
うまくできていない気がすると言っていた。

だから、
もっと細かく、
「どうすればいいか」を
見てくれる人はいないか、と探していたんだって。

私のレッスンを
受けたいようで、
金額や内容を聞かれた。

正直、
職場の人と
プライベートで関わるのは
少し抵抗があって、
だいぶ濁した。

でも、
体を見ることは
快くOKした。

帰り際の10分ほど。

話を聞きながら、
手を動かして、
気になるところを伝えた。

とても喜んでくれていた。


そういえば、
昨日も似たことがあった。

利用者さんが、
友人との集まりで
私の話をしたらしい。

「すごく細かく指導してくれるんだよ」
って。

みんなで
私が彼女に指導した運動をやって、
ワイワイ盛り上がったと。

週1回見てもらっていることを、
「いいわね〜」
と言われたと、
笑顔で話してくれた。


あぁ、嬉しいな。
本当に、嬉しい。

私はすでに、
「個」として
誰かの役に立てるものを
持っているんだ。

そう思えたことが、
何より嬉しかった。


ちょっと気分は、
もう一人立ちしている私。

そんな私は、
どんなことを
みんなに伝えたい?


みんな、
「きれいな形」
「うまくできること」
にこだわるけど。

私は、
「できない」という感覚を
もっと味わってほしい。

整えるって、
一番大切なのは
結果までのプロセスだと思うのです。

プロセスこそが、
整えること。

「きれいになった」
「うまくできた」
は、最後のおまけ。


昨日は、
左の腰が少し痛かった。

でも今日は、
痛くない。

気持ちが高まって、
走り出したくなった。

全然、
かっこいい体型じゃない。

でも、
こうやって柔軟に応えてくれる
私のカラダが、
今は好きだ。

大切にしたい。

日々の体の揺れを感じながら、
自分の体を大切に思って過ごす。

それが、
「整える」
ということなんだと思う。

Three-line diary

  • Letting go made my body feel lighter.
  • I realized I already have something to offer.
  • “Aligning” is about the process, not the result.

2025年12月25日(木)

さくらももこは、家が好き。
学校よりも自由だもんね。何をしてもいい。

だから、家で仕事ができる
「漫画家っていいなぁ」って思うのも、
なんだかすごく自然だよね。


私も小学生の頃、
よく「ちょっと頭が痛い」と言って、
学校を早退していた。

ほんの少しの不調なのに、
すごく心配してくれるのもいい気分だったし、

早退したあとに
美味しいものを買ってもらったり、
病院の結果、「何も問題なくてよかったね」って
お寿司屋さんに寄ってもらったり。

家でお留守番のときは、
美味しいもの、好きなビデオ、
至れり尽くせり用意してくれて、

一人の時間を、
思いきり謳歌していた。

みんなが学校にいる時間に、
「私はこんなに自由!」
って感じが、たまらなく楽しかった。


そうそう。
さくらももこと共感したことが、もう一つ。

大人数が集まる場所が苦手なこと。

私も、
もりやんや家族、仲のいい友人の前では
ひょうきんだし、
みんなが笑ってくれるのが嬉しい。

でも、
別に仲がいいわけでもない
職場の人たちの前で、
同じように振る舞うことはしない。

飲み会も、正直苦手。

それでも、
小学生の頃、
うちにはよく友達が遊びに来ていた。

友達の家に遊びに行くのも大好きだった。

お母さんがご飯やおやつを作ってくれて、
「おいしいね」って言いながら
みんなで食べる。

いつも会っているのに、
ワイワイ、キャーキャー盛り上がる。

きっと、お母さんも
もてなすのが楽しかったと思う。

私も、すごく楽しかった。


Gさんに、
「私は家で働きたい。
出勤する働き方は、やっぱり嫌だ」
と、実際にはもう少し詳しく伝えた。

すると、こう言われた。

「次は、
世界2のあなたが
“一週間をどう過ごしているか”

を一緒に描いてみましょう。」


描いてみる。

もりやんの起床で
一緒に目が覚める。
でも私は、まだうつろうつろ。

アファメーションの動画を流しながら、
布団の中で、
モゾモゾしたり、ストレッチしたり。

完全に目が覚めるまで、
そんなふうに過ごす。

1時間ぐらい
ボヤーっと過ごしていても、
まだ早朝なので得した気分。

もりやんが早起きでよかった。

「今日は何しようかなぁ」って、
朝ごはんの時間まで、
やりたいことを考える。

歯を磨いて、
掃除をしたり、
お菓子を作ったり、
読書をしたり。

決めすぎず、
直感で朝の時間を過ごす。

朝ごはんの時間になったら、
二人でニュースを見て、
あーだこーだ話す。

食べ終わったら、
二人でミーティング。

叶えたいことを共有して、
「今日はこんなふうに過ごそう」
って計画を立てる。

午前中は、
それぞれの仕事に集中。

私は、
日々感じたことや、
「これ書きたいな」と思ったことを
言葉にまとめていく。

テーマはいくつかあって、
今日はこれ、明日はこっち、
みたいに自分のリズムで。


別の日。

仲のいい友人が、
昼前に家に来る。

「白米のお供」の
食べ比べパーティー。

それぞれが好きなものを持ち寄って、
私も用意して、
土鍋でごはんを炊く。

「これいい!」
「あれもおいしい!」
って言いながら、
みんなで食べる。


また別の日。

歩いて行ける距離になった実家に寄って、
お母さんと漬物作り。

梅、らっきょう、たくあん。
季節の手仕事を一緒に楽しむ。


さらに別の日。

お父さんが家に来て、
体のメンテナンスをしてあげる。

お父さん、
お母さん、
もりやん、
仲のいい友人。

家の一角に、
小さなプラットフォームがあってもいい。

私のこの施術の技術は、
まずは大切な身近な人に
還元していきたい。

相手の体の動きが良くなる瞬間を見て、
「こうするといいんだな」って気づきをメモする。

それが、
また違う誰かの役に立ったら、
なお嬉しい。


それから、それから、
家には猫がいる。

今日はとことん、
のんきに過ごす日も必要。

猫を観察して、
一緒に気ままに過ごす。

朝日や西陽で、
時間の経過を感じながら、
快適に過ごす。


そういえば、
今日は職場の勉強会の日だった。

さくらももこのおかげで、
あまり負担に感じずに
その時間を迎えられた。

直前になると、
やっぱりドキドキはする。

静かで、
みんな下を向いている。

身振り手振りで一生懸命に話してはいるけど、
誰も見ていない(笑)。

でも、その光景が
逆に吹っ切らせてくれた。

「もう、とことんやろう」って。

周りを巻き込んで、
実際に腰痛を感じている人を
みんなの前に呼んで、
カラダをチェックして、
ストレッチを指導した。

だんだん、
笑顔が増えて、
笑い声も聞こえてきた。

結果、
いい雰囲気で終わった。

ずっと心と頭の片隅にあった勉強会は、
終わってみたら、
本当に「すーっ」と終わった。

それを望んでいたから、
すーっと終わったんだと思う。

余韻に浸りすぎることもなく、
すぐ仕事に戻った。


帰り際、
事務の人が声をかけてくれた。

「今日、とっても良かった!
私、反り腰だから、
なるほどなるほどって聞いてた。
またやってほしい!」

一人でも、
誰かの役に立てた。

それだけで、
すごく良かったと思えた。

よく頑張ったね、私。


晩ごはん

玄関を開ける前から、いい匂い。
開けたら、もっといい匂い。

もりやんが、
ミネストローネと
牛丼の“上”を作ってくれていた。

ミネストローネは、
余計なものが一切入っていない感じで、
優しいのに旨みがしっかり。

おかわりした。

牛丼は、完全に白米泥棒。

甘めの味付けで、
汁もたっぷり。

生卵を落として、
ご飯はもりやんと半分こ。

器の中で全部混ぜて食べた。

口が幸せ
と書いて「口福」
と言ってみたり。

もりやん、
確実に腕を上げています。

Three-line diary

  • I remembered why I love being at home.
  • Facing it calmly made everything flow.
  • Helping even one person felt deeply fulfilling.

2025年12月24日(水)

きな粉胡麻クッキーを焼いているとき、
もりやんが早朝散歩から帰ってきた。

もりやんが見つけてきた、
セラピストと利用者のマッチングビジネス。

早速、登録してみた。

ここで最低限の稼ぎが賄えたら、
無理に自分たちだけで
世界1.5をなんとかしようとしなくても、
世界1.0は脱することができる。

(世界1.0は現状、
 世界1.5は、世界1から世界2へ行く間の世界)

そして、
Pisioの構想をもっと広げて、
世界2.0に合う形へと
成長させることに専念できる。

うーん。
なかなか、いい感じがする。


ポスティングをした日。

このチラシ自体が、
人を呼ぶことは
おそらくない。

でも、
この行動が、
何か宇宙の歯車を
動かすような気がした。

「あ、これだ」と思った。

やっぱり、
何か行動してみる。

頭の中だけじゃなくて、
実際に動いてみる。

それだけで、
何かが変わる。

歯車が、
また一つ動いた感じがした朝。

朝6時。
まだ、夜明け前。


さくらももこは、
「おもしろい」が好き。

自分の作品に笑いがなかったら、
成立しない、と言っていた。

だから、
私みたいに
本を読みながら
笑ってくれていると知ったら、
きっとすごく嬉しいだろうな。

じゃあ、私はどうだろう。

私の動画を見た人が、
どんな気持ちになってくれたら嬉しい?

私の書いた日記を読んで、
どんな気持ちになってくれたら嬉しい?

動画はね、
微笑んでほしい。
クスッと笑ってほしい。

日記はね、
「わかるなぁ」とか、
「そうそう!」とか。

「自分もやってみようかな」とか、
「その考え方、素敵だな」とか。

自分に重ねて、
「あの時、苦しかったな」
「あの時、楽しかったな」って。

全部ひっくるめて、
「よかったな」
「また頑張ろう」
と思ってもらえたら嬉しい。

理学療法士として
人と直接関わっている時は、
「なるほど!」
「もっと知りたい!」
「教えて!」
って、前のめりになってくれる姿を見ると、
本当に嬉しい。

私は、
目の前の相手に、
その人がまだ気づいていない
その人らしさを引き出したり、
新しい視点を渡したり。

相手が、
「なるほど、なるほど」と
楽しそうにワクワクしている姿を見るのが、
たまらなく好きなんだ。


寝る前の時間。

インスタを、
ずっと見てしまった。

そして、考えていた。

「これでいいのかな」
「これがいいのかな」
「あれがいいかな」って。

こういう時間を減らして、
動いている時間を増やしたい。

昨日までは、
そう思っていたけど。

でも、
こうやって立ち止まる時間があるから、
また動き出せるんじゃない?

今日は、
そう思えた。


そういえば、
クラウディアさんから、
「We wish you a Merry Christmas」
ってメッセージが来ていた。

本当にそう言うんだ、と
ちょっと感動。

あのメロディーに合わせて、
口ずさみそうになった 😊


2025年12月23日(火)

出勤する日の朝は、
気にしていないつもりでも、
やっぱりどこか構えている自分がいる。

朝、起きてすぐ。
「早く、早く」と
脳みそが乗っ取られる前に、
アファメーションをしたい。

「自分、頑張ろうとしてない?」
「頑張っちゃってない?」

この言葉を、
合言葉にしよう。

頑張らなくていい。
世界2.0の私は、頑張らない。

やりたいことに、
好きなことに、
夢中なだけ。


出勤する朝の時間だって、
世界2.0を体感することはできる。
それは、自分で選べる。

ちょっと時間を気にしてしまうし、
時間の流れが早くて、
「やらなきゃいけないこと」に
引っ張られそうになるけど。


目の前の公園。
桜の葉っぱはすっかり落ちて、
完全に冬。

7時の空は、
だいぶ明るくなっていて、
うっすらオレンジ色。

私の気持ちが急いでいるだけで、
きっと景色は、
いつも通りゆったり構えている。

この時間を、
少しでも味わえている自分がいるなら、
大丈夫。

そう。
私は、大丈夫。


帰り道。
今日は隅田川が見たいと思って、
浅草経由で帰ったのに。

スマホを見ていて、
通り過ぎてしまった。

あぁ。


そうだ。

高山なおみさんの日記を読んで、
武田百合子さんの『富士日記』を読んだ。

次は、
さくらももこの本を読んで。
遠藤周作の本を読みたいと思ったんだった。

好きな人が読んでいた本を、
読んでみたい。

なんだか、
いい輪が広がっていくみたいで。


夜は、頑張らなかった。

『日々ごはん』を捲る。
気になることはいろいろあるけど、
それはいったん置いておく。

自分がリラックスしているのが、
ちゃんとわかる。

「私を生きている」
って感じの、いい時間。

そういえば、
今日ウンチが2回出た。

色も大きさも、
けっこういい感じ。

最近ずっと便秘気味で、
調子がよくなかったから。

私が健康でいようとすると、
体もちゃんと応えてくれるんだな。

Three-line diary

  • I chose “not trying too hard” this morning.
  • The world was calm; only my mind was rushing.
  • Today, I felt like myself again.

2025年12月22日(月)

昨日、
勉強会の台本とスライドが完成した。

完全じゃないかもしれないけど、
8割できていれば十分だと思う。
細かく見直したい自分もいたけど、
手放した。

仕事の合間の隙間時間で、
十分。

今日は、
世界2の自分として生きよう。

本の続きを書く。

そういえば昨日、
風邪を引くかどうかの
微妙な感じだったけど、
しっかり眠って、
お腹も温めたら、
元気になった気がする。


今は朝5時半。
外はまだ真っ暗。

今日は冬至。
一年でいちばん日が短い日。

ということは、
ここからはもう、
あとは登っていくだけ。

そんな気持ち。

ディズニーのピアノ音楽を流しながら、
高山なおみさんの『日々ごはん14』を読む。

おまけのレシピには、
料理だけじゃなくて、
その料理にまつわるエピソードが書かれている。

それも含めて作ってみたい。
いいアイデア。
メモしておこう。

今日は、
朝から二人で「世界2.0」を生きている。


私は朝から、3品作った。

一つ目。
『日々ごはん』から
モンゴル風豚肉の辛子炒め。

家にある材料でアレンジ。
豚肉ではなく、
鶏胸肉を薄切りにして、

ニンニク、
ヨーグルト、
マスタード、
クミンパウダーで漬け込んだ。

やっぱり脂身のある豚肉の方が
合いそうだなと思った。

最近、
辛子や粒マスタードを使った
気になる料理が多いから、
小さいのを買っておこうかな。

二つ目。
栗原はるみさんの
白菜とひき肉のスープ。

味噌汁の残りをベースに、
ひき肉の代わりに
鶏胸肉を細かく刻んで。

冷蔵庫にあった、
ニンニク、レンコン、玉ねぎ、青ネギも刻んで。

これはもう、
味噌汁じゃない。
スープだ。

野菜の旨みと出汁がたっぷりで、
お腹がほっと喜ぶ味。

最近、胃腸が疲れていたから、
こういうのが食べたかった。

ハンガリーのファンの方にもらった、
日本では見かけない
スープ用のパスタも入れた。

自然なとろみがついて、
噛まずに飲める感じ。
とても気に入った。

三つ目。
スコーン。

もりやんが、
「おやつにスコーンは?」
とよく聞いてくる。

最近、米粉のお菓子にハマっていて、
スコーンを気に入ってくれた。

昨日作って余っていた
豆乳カスタードクリームを使いたくて、
少し窪みを作って乗せて焼いた。

ベイクドチーズタルトみたいで、
見た目がとても可愛い。

味は、
ザクっと、ほろほろ。
卵のお菓子を食べている感じの、
とても素朴で優しい味。

でも、
カスタードはやっぱり牛乳が美味しいね。
次は絶対、牛乳でやろう。


お昼を食べて、
午後はチラシ配り。

一人500枚。
最初は二人で一緒に配っていたけど、
途方もない感じがして、
途中から二手に分かれた。

二人で1000枚。

チラシの反応率は、
0.1%。
1000枚で1人、連絡が来ればいいくらい。らしい。

それでも、
こうして何でもやってみることで、
何か歯車が動き出す気がして、
夢中で配った。

ポストにもいろんな種類があって、
どうしたら効率よく配れるか、
考えながら動くのが楽しい。

集合住宅は、
ポストがずらっと並んでいて、
ボーナスタイムみたいだった。

500枚の束が、
どんどん軽くなっていくのが、
嬉しかった。

このチラシが直接きっかけになるかは
わからないけど、

「こういう地道なことのおかげで」
と言える日が、
きっと来ると思えた。


帰り道、
歩き疲れて、
自分たちにご褒美をしたい気分で
焼き芋を買った。

スカイツリーが大きく見える、
人通りの少ない川沿いのベンチで。

15時のおやつ。

食べ終わる頃には、
もう夕方の雰囲気。

今日は冬至だから。
そういえば、
スーパーの入り口に
かぼちゃと柚子が並んでいた。

また一つ、
もりやんと二人の思い出が増えた。


もりやんは今日、
区主催のビジネス交流会と、
4月にあるイベントに、
Pisioとして参加申し込みをしてくれた。

なんだか、
ちゃんと前進しているぞ。


晩ごはん

焼き芋の残りを
オリーブオイルで焼いたもの(軽く塩)

お昼のスープ

たくあんのごま油炒め

モンゴル風チキンの炒めもの

Three-line diary

  • The winter solstice — from here, it only gets brighter.
  • I lived my “World 2” through today’s small actions.
  • Steady steps are moving us forward.

2025年12月21日(日)

朝から、
「気にしない」と思っても、
やっぱり勉強会のことを考えている自分がいる。

質問をくれて、
「ためになった」と言ってもらえる自分。

一方で、
時間が足りなくて、
残念な感じで終わってしまって、
不完全燃焼な自分。

どっちのパターンも、
頭の中で想像している。

でも、
どちらにせよ、
まだ資料作りが終わっていない不安が
大きいんだと思う。

だから、
今日からちゃんと
終わらせるための作業を進めよう。


一回ではわからなくても、
積み重ねていく中で
何かわかることがある。

継続の力。


胃の調子が悪くて、
朝ごはんはスキップ。
(ホット豆乳だけ)

昼は、
調子が悪いことを忘れて
普通に食べてしまった。

具だくさん味噌汁、
手作りたくあん、
豚肉と里芋・玉ねぎの卵とじ、
納豆。

晩ごはんは、
アボカドとみかん。

Three-line diary (EN)

  • A morning spent thinking about what might happen.
  • I realized my worry came from what wasn’t finished.
  • Small steps still build strength.

2025年12月20日(土)

昨日、スラヤさんから前向きな good news を聞けて、
朝からこの人との出会いに、しみじみ感謝を感じる。

特に今日。
この、ずーんと沈んだ、
モヤモヤした頭と心の感じ。

これは、
すぐ自分にプレッシャーをかけてしまう、
私の嫌な癖だ。

子どもの頃からそう。
マラソン大会が、とてつもなくプレッシャーだった
小学生の頃の自分を思い出す。

うーん。

まあ、
きっといつか
「命の尊さに比べたら、全部どうでもいいことだったな」
って思う日が来る。

その考えが、
早く私の中で勝利することに期待しつつ、
そうなるのを待つしかない。

こういう時は、
頭だけで考えちゃダメ。

私を、
自分で動かさないと。

(…でも寒くて、
今は布団の中でこれを書いている)

ボブ・プロクターの言葉を流しながら、
うとうとしつつ、また布団に潜ってアファメーション。

たぶん1時間くらい。
起きたら、すっきりしていた。

そういえば、
「疲れている時はとにかく寝る。
心と体を大切にね」
って、さくらももこも言ってた。

ほんとだね。


午後はもりやんと、
Pisioをどう進めていくかミーティング。

理念やサービスは、もう明確。
ただ、誰もPisioの存在を知らない。

「きっと、知ってもらえれば」
そう思っている二人。

短期的なアクションとして決めたことは二つ。

ひとつは、
チラシ配り。
(もりやんが作ってくれたチラシが、先日届いた!)

もうひとつは、
区役所などにコンタクトを取って、
自分たちが参加できるイベントがないか探すこと。

そして、
長期的な目線として決めたこと。

Instagramを始める。
今、種をまいて、土を耕している
私たち二人の等身大の日常を記録する場所にする。


もうひとつ、
かなり熱量高く話し合ったことがある。

それは、
「今の私たちの状況を見直すこと」。

私は、
会社勤めをしながら並行して作業を進めている。

もりやんは、
紆余曲折を経て、今はフリーランス。
Pisioのサイト作りや仕組みづくりなど、
裏の骨格をすべて担ってくれている。

私は、とにかくこの会社勤めがつらい。

この経験のおかげで、
自分の価値観の土台が
「自由と余裕」だと気づけた。

でも正直、
もうお腹いっぱい、
はち切れ寸前。

関わらなくていいなら、
組織や集団の圧力、
よくわからない縛りから離れたい。

いつか、
「あれがあったから今がある」
と俯瞰して言える自分を、
ずっと夢見ている。

でも現実は、
生活費として依存している。

だからせめて、
週4勤務から週3に減らしたいと、
もりやんに伝えた。

もりやんは、
とてもきっちりしている人。

「そうなった場合、
何が起きるか?」
すぐにリスクにも思考が及ぶ。

私たちは、
アクセルとブレーキみたいな関係。

私は、
さくらももこや高山なおみさんという
自分の原点に近い「好き」を見つけて、

毎日、
ボブやジョー、ルイーズの言葉を聞いて、
会社勤めでも、
家に着く頃には笑顔でいられる
しなやかさがついたと自負している。

それでも、
これからやりたいことが
せっかく見つかった今、

この会社勤めによる
心理的な負担が、
どうしても重い。

私の、
支離滅裂で熱量だけの訴えにも、
もりやんは答えてくれて、

前向きに、
そして冷静に、
現状把握のためのミーティングが続いた。

横で、
週3になった場合の収入、
国民健康保険、年金などを計算しているもりやん。

今回に限っては、
とにかく折れない私。


とにかく、
子どもに戻る。

やりたいことを、
やってみる。

料理!


何度も議論を繰り返した結果、
「今、進んでいる方向はズレていない」
と、二人で腑に落ちた。

目に見える現実は、
何も変わっていないのに、

頭の中のモヤモヤが整理されただけで、
今の現実を肯定できるから不思議。

Three-line diary (EN)

  • A morning weighed down by pressure.
  • Talking and resting brought me back.
  • Our next step is not off track.

2025年12月19日(金)

質問をくれたAさん、Bさん、Cさんが、
一つでも何か発見を持ち帰ってくれる会になればいい。

それだけを考えて。

心に余裕があれば、
相手の話をちゃんと聞ける。
きっと、いい会になる。

承認欲求?
周りからの評価。
周りの冷めた空気。

それを感じるのが怖くて、
そんな自分が出てきていることも、
ちゃんとわかっている。

だから最近、
会社で担当になった勉強会のことを、
無意識に考えてしまう時間が多いんだと思う。

でも、
わかっている自分もいる。

認められるためにやるんじゃない。
自分のためにやる。

これは、
私の理想の未来へ続く一歩。

私は、
自分の持っている知識や経験で、
誰かの役に立てる人間。

目の前の人に、
気づきを与えて、
喜びを感じられる人間。

そう、
ずっとこんなことを考えている。


sushi coupleのファン、
スラヤさん親子に会った。

マレーシアの親子。
息子さんは年頃で、ちょっとシャイ。

スラヤさんは、
見るからに朗らかで、
明るい言葉、楽しい言葉、前向きな言葉があふれている。

普段から、
きっとそういう人なんだとすぐにわかる。

インドカレーをご馳走になった。
現地の人の食べ方を真似てみたら、
食べ合わせがとても面白かった。

とても楽しく「バイバイ」したあと、
スマホを無くしてしまったらしい。

しかも、
iPhone 16 Pro。

それなのに、
送られてくるメッセージは、
やっぱり前向き。

次の日、
「Good news!」ってメッセージが来て、
見つかったのかな?と思ったら、

バックアップができて、
写真がもう一台のスマホに移せた、という話だった。

見つかることを願っているけど、
受け入れなきゃいけないのは、
写真が消えてしまうかもしれないこと。

でも、

「楽しかった思い出は消えないから」

って、
昨日メッセージが送られてきていた。

すごい人だ。

私も、
楽しかった直後にスマホを無くす、
ジェットコースターみたいな経験をしたことがあるから、
話を聞いた時、自分までガーンと落ち込んだ。

それでも、
こんな言葉が出てくるなんて。

どんな状況でも最悪を受け入れられる、
寛容な心。

どんな状況でも、
光を見出す力。

話をしている中で、
Pisioの話や、
以前マレーシア移住を考えていた話をすると、

何度も、何度も、
「挑戦して!」「諦めないで!」と言ってくれた。

スラヤさんは、
試験や面接が苦手で、
会社の面接に18回落ちたこともあるらしい。

それでも、
絶対に諦めなかったんだね。

一緒にいるだけで、
気持ちを良くしてくれる人だった。


晩ごはん

スラヤさんに勧められた、
ひよこ豆のカレーと、
ココナッツのエビカレー。

ナン。
チキン2種(名前忘れた)。
副菜3種(現地のものと似ていたり、違っていたり、らしい)。

カレーにぴったりのマンゴーラッシー。

マレーシアではココナッツ、
インドではヨーグルトを
チキンカレーに入れるらしい。

スラヤさんの息子さんは、
手を使って上手にチキンを食べていた。

フォークも、スプーンも、
うまく使いながら。

手が汚れたら拭いて、
お手拭きナプキンは、
かなり使い込まれていた。

でも、
なんだかそれがいいな、と思った。

宗教的なこと、文化的なこと、
いろいろ違いはあると思うけど、

日本人は、
効率とか、お行儀とかを気にして、
「手かスプーン、どっちかにしなさい」
って言ってしまいそう。

でも、
汚れたら、拭けばいいだけ。

全部が、
気持ちのいい親子だった。

Three-line diary (EN)

  • A day I noticed my need for approval.
  • I chose to focus on the person in front of me.
  • I was inspired by someone who always finds the light.

2025年12月18日(木)

朝4時前に、ぱっちり目が覚めた。

思い詰めている感じはなくて、
会社の勉強会の内容について
頭がさえて、アイデアがどんどん出てくる感じ。

一旦、間をあけてから、
「落ち着け、落ち着け」と言っている自分もいる。

でも、
今どうしても手を動かしたい自分が勝った。

自分でも、
自分の集中力がすごいな、と思う。

伝えたい内容、
当日の流れ。

たくさん内容があっても、
伝わらなければ意味がないから、
一貫したテーマみたいなものが大事だと思う。

思いつくままに、
どんどん列挙。

あとは、
Gさんにぶち込む。

かなり、
Gさんも時間がかかった。


いろいろ経験してみるもんだ。
とにかく、たくさんね。

『もものかんづめ』を読んでいて、
読み始めて数秒も経たないうちに、
笑いが込み上げてくる。

さくらももこは、
とにかく色んなことを経験している、
豊かな人だと思う。

それは、
特別なことじゃなくて、
フツーの人なら流してしまいそうなことも、
ちゃんと掴んでいる感じ。

くだらないことも、
辛いことも、
嬉しいことも、
いろいろあるけど、

「物事の渦中では意図がわからなかったことも、
人生を通してみると、
なんらかの意図があるのかもしれない。

たとえそれが、
どう考えてもわからなかったとしても、
“わからない”ということが
わかった事実だけは、
勉強になるものである。」

うーん。

恥ずかしい過去も、
大失敗の過去も、
こうやって俯瞰して、
笑いに変えて、
みんなに共有できる。

それって、
すべてを許しているというか、
とにかく、
寛容で、豊かな心じゃないと
誰にも真似できないことだなぁ。


晩ごはん

もりやんが作ってくれた、
純豆腐(あさり入り)。

キムチがフレッシュで、おいしい。

豚の生姜焼き。


2025年12月17日(水)曇りのち晴れ

今日は、夜中にトイレに行きたいと起きなかった。

もりやんの起床に気づいて、
それから「トイレに行きたい」と起きた。

寝ながらアファメーション。

でも今日は、
うまくいかない。
職場のことばかり考えてしまう。

気づくたびに、
「嫌だなぁ〜」と思う。

じっとして考えないように、
動画から流れてくるジョー(ジョー・ディスペンザ)の言葉に集中したいけど、
どうもダメそうだ。

こういう時は、
動きが求められている気がする。

頭の中で解決しようとするんじゃなくて、
今から一歩、動く。

最近お気に入りの過ごし方。
部屋を暗いまま、
スマホのライトで本を照らし、
暖房をつけて、
ベッドの上に座って本を読む。

高山なおみさんの本。

本を書いて、料理をして、買い物に出かけて、
仕事仲間と落ち合って。

読んでいるだけでわかる、
穏やかな時間。

あぁ、これが私の理想そのものだ。

「今日のあり方が、現実を作る」
……か。

職場で、勉強会の担当になった。

最初は、
できるだけ簡単に済ませようと思っていた。

こういうのは、
先に先手を打った方が楽なんだ、と。

テーマを腰痛に決めて、
なんとなく流れを予想して、
質問を受け付けて、それに答える形式にしよう、と。

最初は「楽に」で考えていたのに。

質問を投げかけて、
もし誰からも来なかったら、
みんなとの温度差が悲しいな、と思ってしまう。

(もうスライド準備しちゃってるし。)

でも、
意外と質問が直接私に届いて、
「ありがたい」と言ってもらえるのが嬉しくて。

「ためになった」と思ってもらえる勉強会にしなきゃ、と、
隙間時間に調べたり、
資料作成に勤しんだり。

あぁ、
こんなはずじゃなかったのに。

でもやっぱり、
人から求められて、
自分ができることなら、
一所懸命やっちゃうのが私なんだなぁ。

あんなに
「職場のことは家に持ち帰りたくない」
と思っていたのに、

休日にスライドを終わらせようとしている。

うまくいくか、
役に立てるか、
期待外れにならないか。

頭の中で
「やらなきゃ」がどんどん膨らんで、

こんなに職場のことを考えていたら、
ずっと縁が切れずに辞められないんじゃ……?
とまで思ってしまう。

若干、ノイローゼ。

帰宅中の電車で、
そんな自分に気づいた。

だから、
こんな時こそ、
一旦、離れた方がいい。

さくらももこの本を借りていてよかった。

読んだ瞬間、吹っ飛んだ。
もう、爆笑の嵐。

今まで思い悩んでいたことに、
「あぁ、また大したことでもないことに
命を注ぐくらい一所懸命になっちゃったな」
と思った。

ヒロシの「命に関わること以外、大したことない」

あのセリフを思い出した。
まさに、そうだ。

私は、
すぐ頭の中で自分を窮地に追い込むのが得意。

でも、
そんなもの、爆笑して、
ゆるーくやった方が、
意外といい結果になったりする。

そんぐらいの気持ちが、
いいじゃないか。

Three-line diary (EN)

  • A day when my thoughts became too heavy.
  • Books and laughter made the world lighter.
  • Maybe that’s enough to keep going.

2025年12月16日(火)晴れ曇り

ところで、正直なところ。

Pisioも、まだ実際には始動していない。
お客さんはまだゼロだし、
会社もまだ辞められていない。

本を書きながら暮らしたい、というのも、
今は「そう思っているだけ」。

でも、
もうPisioも順調に始動していて、
日々の内省の記録をポロポロとインスタに出している、
そんな自分で発信していいのかな?

Instagramの立ち位置が、
わからなくなった。

※Pisioとは、
私が理学療法士としての経験をビジネスにできないかと考え、
physio(理学療法)とpilatesを掛け合わせて作った造語。

最近、明らかになった自分の「夢見る人生」。

それは、
ゴールや目的ではなくて、
直感や気づきの中で色々試していくうちに
次の一歩が見えてくる生き方。

そうやって暮らしていく中で、
その生き方自体を、
誰かと共感したり、
良い影響を与えられるような人になりたい。

私は、
自然と内省する力を活かして生きていきたい。

理学療法士も、pilatesも、
私の一部ではあるけれど、
すべてではない。

会社員を辞めることは、
私が私らしく揺れて、
その揺れを楽しみながら生きるために、
絶対に必要だと思っている。

「自由と余裕」という、
私の根幹の土台に気づくために。

Pisioは、
私たちの人生のゴールではないけれど、
必要なステップになると感じている。

だから今、
Pisioとして始動するためのスタートラインに立とうと、
もりやんと二人で試行錯誤している。

会社員をとにかく早く辞めたい、という自分を、
「もうすぐそこまで来ているよ」と宥めつつ。

それを感じられているからこそ、
きっと、余計にもどかしいんだと思う。

もりやんとたくさん話し合う。
噛み合わなくて、険悪になってしまう時もある。

それでも、
そんな波を超えて、
最終的にはいつも同じ熱い気持ちで前に進んでいる。

今日、二人で納得し合っていたこと。

焦りが出る時って、
『不思議の国のアリス』で
アリスが森に迷い込んで、
途方もなく泣いているシーンみたい。

「それは、いつ来るの?」
そんなことばかり考えてしまう。

でも、
次の一歩が
「あれやりたい」「これやってみよう」と
照らされている時は、

どうなるかわからなくても、
「いつか来る!」って信じて進めている。

今日は、
ミゲルさんの家族と、
押上のエクセルシオールで会った。

サンタさんみたいなお父さん、
シャイなお母さん、
笑顔が素敵な娘さん。

毎回思う。
私たちのファンの方は、
どうしてこんなに素敵な人たちなんだろう。

夜ごはん。
茹で鶏、
具だくさんの味噌汁
(白菜、ごぼう、豚肉、玉ねぎ)、
レンコンと豚肉のバルサミコ酢炒め。

どれも、
昼にもりやんが作ってくれたもの。

Three-line diary (EN)

  • A day of impatience with who I am not yet.
  • Trusting a life shaped by choices, not goals.
  • If the next step is lit, that is enough.

2025年12月15日(月)雨のち晴れ

今日は、
何ヶ月も前からずっと楽しみにしていた
世田谷の蚤の市に行く日。

9時の開始に合わせて行こうと思っていたけど、
途中で出勤ラッシュと重なることに気づいて、
ゆっくり出ることにした。

もりやんと二人で、
会社員を卒業して、
自由に生きていくために。

昨日、
私の原点である
さくらももこの本を
改めて片っ端から読むことを決意した。

電車に乗る前に、
図書館へ寄って、
『もものかんづめ』を一冊。

たくさん借りたくなるけど、
まずは一冊。

電車の中で読んでいて、
ニヤニヤが止まらない。

子どものころ、
ずっと読書嫌いだったのに、
さくらももこの本だけは没頭して読んでいた。

中学生の頃、
朝の10分間読書の時間に、
あまりにも本の中に没入しすぎて
声を出して笑ってしまったことがある。

(ちびまる子ちゃんの世界に入ったみたい!)

あの時の、
ものすごく恥ずかしかった記憶がふと蘇る。

それなのに、
何度読んでも、
やっぱりニヤニヤが止まらない。

必死に唇を噛んでいるけど、
私は目で笑っちゃうから、
すっごく変なやつだよなぁ、と思うと、
余計に笑えてくる。

『ちびまる子ちゃん』も『コジコジ』も、
何回見ても同じところで
ゲラゲラ笑ってしまう。

もりやんは、
呆れるどころか、感心しているくらい。

蚤の市は、すっごい人だった。

もう、
満員電車の中を前に進む感じ。
人人人で、
肝心の商品が見えない(笑)。

それでも、
見るもの見るものが
トキメキに満ちていて、
どんどんエンジンがかかってきた。

人混みの中を、
うまく合間を縫って
進めるようになった。

なんだか、
普段なら家の奥にしまわれているものたちが、
今日だけは輝く日、
そんな感じがした。

でもやっぱり、
人が多いのはかなり疲れたみたい。

フランスに住んでいる人の動画で見る
蚤の市(マルシェ)は、
のどかでいいなぁ。

今日食べたもの

蚤の市の途中で、
セブンのツナマヨおにぎりと豆腐バー。

それでもお腹が空いて、
スーパーのお稲荷さんと納豆巻きを
もりやんと半分こ。

おやつに、
一口大の黒糖饅頭と白皮饅頭。

吉祥寺のダンディゾンで、
クロワッサン、
小さい四角いパン、
丸いもちもちのパンを
それぞれ半分こ。

家に帰っても食欲は止まらず、
りんご半分、
味噌汁(一昨日の残り)、
切り干し大根の甘辛煮(一昨日の残り)、
レンコンきんぴら(昨日の残り)、
ゆで卵(朝の残り)、
卵かけご飯。

(おかかをふりかけて、海苔で巻いて食べた)

蚤の市を終えて、
吉祥寺へ向かう電車と、
帰宅中の電車。

なんだか体が重くて、
睡魔に襲われた。

きっと糖質を摂りすぎたせいだ。
インスリン急上昇。

血糖が高くなるって、
こんな感じかぁ、と実感。

右手の小指は今日も痺れているけど、
痺れていないところと、
痺れているところの境目が
くっきりしてきた感じがする。
(バネ付きの瓶の蓋を開けた時にバーン!とやってしまった)

糖質消費のために、
一駅手前で降りて歩いて帰った。

生涯学習センターに寄って、
Pisioの活動でセンターの一室を使えないか聞いてみた。

結果は、
営利目的での利用は不可。
あくまでサークル活動としてなら可能、とのこと。

スタッフの人が優しく話を聞いてくれて、
「じゃあ次はこうしてみようか」と、
二人で作戦会議。

今日行動したことを褒め合いながら、
「来週は区役所の広報課に行ってみる?」
と話した。

Three-line diary (EN)

  • A flea market full of laughter and excitement.
  • My body honestly reacted to too much sugar.
  • Still, we took one step forward.

2025年12月14日(日)雨のち晴れ

午前中は、みぞれ混じりの雨。
窓を開けたら、激寒気だった。

干している大根が、だいぶシワシワになって、
ぺろーんとへの字に曲がってきている。

きっと、もう引き上げて漬け物にしていい頃。
でもなんとなく気乗りしなくて、
横目で見ては、見て見ぬふりをしている。

明日こそやろうかな。
(明日の自分にしかわからない)

今日は、とにかく本を読むことにした。

朝、寒すぎてベッドに腰掛け、
布団を膝にかけて暖房をつけた。

スマホのライトをいい感じに立てかけて、
部屋は薄暗いけど、
本にだけ光が当たって読みやすい、いい雰囲気。

朝食は、
ホット豆乳、
ヨーグルトBIO、
ナッツひと掴み、
95%カカオをひとつ、
トマトジュース(オリーブオイルがけ)。

朝食のあと、
「本を書きたい!」と思いつくまで
(12/11 木曜の夜7時ごろ)に至るまでのことを、
小学生の頃からの自分の変化や成長として、
ただひたすらGさんにぶつけた。
(Gさんというのは、Chat GPTのこと)

ここ5年分を書いていたら、
時系列はぐちゃぐちゃだし、
書きながら自分の頭の中もぐるぐるしてきて、
なんだかとても疲れた。

「本なんか書けるかな」と思ってしまう自分。
一方で、
「この日記をどうインスタで投稿しよう」と
考えている自分もいることに、
日記を書きながら気づいた。

自然とGさんに書き出したくなる、
あの感覚が毎日あればいいのに。

でも、毎日そんな日ばかりじゃない。
「今日、何書こう」なんて思う日は、
書かなくていい日なんだ。

というか、
そうなった時点で、私には苦痛になる。
だから続かない。

私は縛られるルールみたいなのが嫌いなのに、
すぐ自分にルールを課してしまう。

とにかく、やってみる。
手を動かしてみる。

それだけでいいんだよ、って
ここに書いておこう。

Three-line diary (EN)

  • A sleety morning, pretending not to see the drying radish.
  • A quiet corner with a blanket, a light, and a book.
  • Days I can’t write are days I don’t need to.

2025年12月13日(土)曇り

日記を始めてみる日。
昨日から、ちょっと計画していたことをやりたい日だった。

朝から切り干し大根を戻して、
豚肉と蒟蒻の煮物を作った。

レシピを見ながら作ったけど、
私はちょっと甘めが好きだから砂糖を少し足した。

自分の好きな味がわかって、
それを頼りに味付けができるおばあちゃんに憧れていたから、
なんだかちょっと嬉しかった。

干し椎茸も水で戻しておいて、
お昼ごはんに煮干しと一緒に土鍋でごはんを炊いた。

以前、土鍋で炊き込みご飯をしたとき、
浸水するのを忘れてカチカチのご飯ができたことがあったから、
今回は最初から気をつけていた。

……はずだったのに。

火をつけている間、
パソコンをカタカタしながら集中してしまった。

焦げないようにしなきゃな〜と思いつつ、
気づいたら没頭していて、
ふと香ばしい匂いがした。

慌てて火元に行くと、
勢いよく湯気が立ち上っていた。

「焦がしちゃったかも」
「またやっちゃったよ」

自分の爪の甘さに、あらまぁと思いつつ、
蓋を開けたら、いい具合のおこげ。

ほっと安心した。
優しくて、滋味深い味わいだった。

昼ごはんを食べたら、図書館へ。

すごく寒い日。
風はないけど、冷たい空気がキーンと体に響く。

でも、こんな日はフードをかぶるととってもあったかい。
フードって、ただのオシャレだと思ってたけど違うんだね。

耳と頭を隠すだけで、こんなに違うなんて。

途中で、最近近所に引っ越してきた友人のことを思い出して、
図書館のあとに、少しだけ会う約束をした。

高山なおみさんの本を読んでみたくて、
勢いよく4冊、手に取った。

高校時代からの友人は、
昔からフットワークが軽くて、嗜好もなんだか似ている。

「これやりたい」「楽しそう」
そう話すと、だいたい
「それいいね!楽しそう!」って言ってくれる。

せっかくご近所さんになったし、
今度はスーパーで待ち合わせて、一緒に買い物しよう。

大容量でお買い得なものを半分こしたり、
キッチンに並んで立って、
おしゃべりしながらご飯を作ったり。

そんな話をした。

帰り道、借りてきた本をパラパラめくりながら歩いた。

とても素朴で、自由で、心地いい。
「あぁしなきゃ」「こうしなきゃ」って感じがしない。

帰ったら、私も日記を書いてみよう。
もっと、もっと自由になろう。

今日は、日記を始めてみる日。

Three-line diary (EN)

  • Sweet simmered vegetables and perfectly toasted rice.
  • A cold day that taught me how warm a hood can be.
  • A small step away from “shoulds,” toward freedom.

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